【週俳8月9月の俳句を読む】
感覚と想像
桐木知実
◆岩田奎 『敵』補遺
意味意味と叫んで英語塾冷房 岩田奎
言語を理解するための第一歩は単語の意味を知る事だ。とはいえ、単語や文法だけ知って途端に会話できるようになるわけではない。私は英語が苦手で全く話せないが、学校の成績や受験のためにどうにか単語を暗記したものだった。学ぶ当人は真剣だが、英語圏で暮らす人がこの光景を見たら微笑ましく感じるのだろうか。日本語学校の教室から先生の声に復唱して「意味!」と叫んでいる子がいると考えたら、確かに微笑ましいと思う。
もしかしたらノイローゼで頭を掻きむしりながら叫んでいる子なのかもしれないと思うとやるせなさも感じる。
バナナ食ふ皮ひややかに手の甲に 同
バナナは常温で保存し、剥きやすい皮と果汁の少なさで手軽に食べられるなんともまあ人間に都合のいい果物だと思う。果肉はまろやかな舌触りと甘さで、常温だからこそ嚥下する時も良い意味で存在感が薄い。果肉は36度に消化されてゆくのに、すでに剥かれた皮は体温と馴染む事なくひんやりとしている。バナナを主体に立てているからこそできた発見。
◆上田信治 秋のうた
風鈴を家の左に釣る人よ 上田信治
最近、建築したり家のレイアウトを考えるゲームをしているのだが、何も参考にせず作ると似通った家具の配置をしていることに気付いた。「これは壁沿いにあってほしい」「ここはこの色で」「起きた時に目に入ってほしい」をやると、今までの自分の生活スタイルが浮き彫りにされる気がする。おそらくこの人も何か信念や風水的な意味があるのではなく、実家でいつも吊り下げていたのが「家の左」だったとか、視界に入る時にそこが丁度良かったとか、そんな感じだと思う。
這ふやうに泳ぐ子亀が秋のうた 同
春には亀鳴くというなんとも長閑な季語があるが、ここでは単純に子亀(夏)が成長する中で秋の気配が感じられるようになった頃、と捉えたので良いだろう。
子亀を観察すると、手足の可愛らしさが目に留まる。甲羅を干してじっとしている印象があるが、意外と活発で水の中では悠々と泳いでいる。体が平べったいので「這ふやうに」は正しい表現で、かつ歴史的仮名遣いの視覚効果の柔らかさもあり苦しさを感じない。童話的で愛らしい。
◆曾根毅 翼徳
三国志は詳しくないので張飛を軽く調べたところ、平民から武力で成り上がった武将で、勇猛さと苛烈さが感じられる。一方で侠を重んじ、創作上のキャラクターとしてはどこか愛嬌のある好漢として描かれている事もあるようだ。
秋風や張飛の髭の酒乾き 曾根毅
秋風の清々しい空気の中、中七下五で一気に三国志の世界へ身を投じられる。苛烈な戦の中の土埃や饐えた臭いと秋風のひりついた乾きを取り合わせている。張飛の粗暴な為人や時代の空気感を感じられる。
煮えたぎる大釜の肉秋の蟬 同
張飛は元は肉屋を営んでいたとする創作もあるらしい。そうでなくても他の様子を見る限り、戦や野営の料理はさぞ豪快だっただろうと思わせられる気風だ。「煮えたぎる」「大釜」「肉」とまで重ねる事でこの料理を作った者、それを囲む周囲の人間の荒々しさが伝わってくる。一方で秋の蟬を取り合わせる事で、最期は戦場ではなく暴虐を振るっていた部下に暗殺される事となった結末の無常感を感じさせる。
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