【週俳8月9月の俳句を読む】
ことばを捜してⅡ
瀬戸正洋
敵はいつも背後にいる。敵はいつも目前にいる。
まあ、基本的には入れなくてよかったと思ってます
蛍烏賊めあてに端座してをられ 岩田奎
端座している。胡坐をかいている。どちらにしても何も変わらない。どちらにしても蛍烏賊がそこにいる。
夏の川大きくなりて流れつつ 岩田奎
夏の川が大きくなる。動いている。夏の川が刻々と通り過ぎていく。夏の川は夏の川であることをやめない。夏の川は夏の川であることを自覚する。
意味意味と叫んで英語塾冷房 岩田奎
意味をふたつ続けると無意味になる。叫んだとなると無意味であることがさらに膨らむ。英語塾冷房とはやさしさをあたえ続けることだ。
ひいでたるくらげとほかのもろくらげ 岩田奎
ひいでているものはある。ほかのとはひいでていないもののことである。そのくらげだという。くらげのなかのひいでているもの。あるいはひいでてはいないもの。ほかのものくらげであることに幸福を感じる。
扇ずらりと売りてくらせりナーバスに 岩田奎
ナーバスに生きている人を尊敬する。ナーバスに生きていない人は信じられない。(こともない)扇を売るとは不快さを差し出すことだ。「ずらり」とはこころをおだやかにさせることばである。
違ひよく分り避暑地の馬を見る 岩田奎
違いがよくわかるということは経験があるということだ。避暑地の馬である。違いがよくわかったとしても何も変わらない。
日焼して優雅に夜に走者流れ 岩田奎
多くの人が走っている。よいことではない。日焼けしている。よいことではない。優雅であること。よいことではない。故に流れるのだと思う。
熱心にそして玉巻く芭蕉かな 岩田奎
熱心とは「深く心を打ち込み熱意をもって取り組む様子を意味する言葉」だという。好きなことばではない。玉巻く芭蕉がこころを慰めてくれる。
バナナ食ふ皮ひややかに手の甲に 岩田奎
ひややかであることは大切なことである。食べてしまったバナナであるからなのである。食べてしまったバナナはてのひらにはない。食べてしまったバナナが手の甲にあることも不思議なことだと思う。
秋も炎え空を来日する選手 岩田奎
夏も炎えていた。いつだって炎えていた。「元気をあたえたい」「勇気をあたえたい」などという人がいる。自分のことをどう思っているのか。想像してみる。恥ずかしくて下をむいてしまう。
茉莉花やコインで回る洗濯機 上田信治
洗濯物を抱えてコインランドリーへ入る人がいる。茉莉花は洗い終えた白いシャツのイメージだ。八月のとある日、隣接している珈琲店で珈琲を飲む。なまけものの老人はそんな光景をぼんやりとながめている。
雨蛙キャベツの上にゐて雷鳴 上田信治
キャベツ畑である。家庭菜園なのかも知れない。オーガニックである。遠くから雷が聞こえる。
ゴミ袋たためば青い川の風 上田信治
川の流れに青空が映っている。ゴミ袋はたたむ理由がある。青い川の風は好きである。
まだ暮れない浴衣の柄の山斜め 上田信治
浴衣の柄が気になっている。山が斜めであることが気になっている。浴衣の女性のことが気になっている。日はまだ暮れてはいない。
唄歌ふやうに転がす夏のカー 上田信治
ドライブが好きなのである。車は歌うように転がすのである。海の見えるカフェテラスで夏野菜が食べたい。
風鈴を家の左に釣る人よ 上田信治
右利きの人だから家の左に釣る。風鈴には興味がない。釣りやすいところに吊ることにした。それでいいのだと思う。
噴水と雲と相ひ似て夕方よ 上田信治
噴水について考えている。雲について考えている。ふたつのことを考えている。いつのまにかふたつのものはひとつになる。夕方である。
ガム銀紙ひらけばガムよ八月の 上田信治
ガムがふたつ書いてある。唄唱うと同じである。「銀紙ひらけばガムよ八月の」。あたまに「ガム」を置き、銀紙のあとに「を」を置かなかった。それが、この作品である。
郭公のこゑしてホームセンターよ 上田信治
郊外にあるホームセンターである。国道に沿ったホームセンターである。老人の遊び場である。軽トラがひっきりなしに出入りしている。余計なものまで買ってしまった。郭公が鳴いていたからなのかも知れない。
這ふやうに泳ぐ子亀が秋のうた 上田信治
子亀は秋のうたなのである。這うように泳いでいるから秋のうたなのである。秋のうたは唄うものである。秋のうたは聴くものである。
濁流に錨を投げて星涼し 曾根 毅
濁流に錨を下ろす。不思議である。星が涼しく感じられる。不思議である。不思議でないことへの旅に出る。
血を交わす兄弟(けいてい)の盃夏の月 曾根 毅
血を交わさなければならない理由があった。酒を交わさなくてはならない理由があった。兄弟である。夏の月が出ている。
秋風や張飛の髭の酒乾き 曾根 毅
豪快に酒を飲んでいる。酒は乾き髭をひからせる。乾かせたのは秋風である。乾かせたのは時の流れである。
煮えたぎる大釜の肉秋の蟬 曾根 毅
弱々しい蝉の鳴き声。大釜は煮えたぎっている。そのなかの肉も煮えたぎっている。
泥しぶき天地に通う鬨の声 曾根 毅
鬨の声をあげることには胡散臭さを感じる。人が一斉に叫ぶことには胡散臭さを感じる。泥しぶきがあがっている。
跳ね返す盾の閃光秋驟雨 曾根 毅
盾が跳ね返す。強い光が瞬間的に発する。急に雨が降ってくる。季節は秋である。
秋霖や役人の首引っ提げて 曾根 毅
暴力を肯定する。暴力を否定する。それぞれの考え方である。捕らえた役人の首を引っ提げている。
血に染まる川の面や秋の空 曾根 毅
**場の前の川。流れ出した血は川面を染めていく。血は川面を流れていく。首を落とされたのは役人なのかも知れない。何もなかったような青空。秋である。
閑かなる砂塵の向こう側に月 曾根 毅
しずかな砂塵である。向こう側に月が出ている。月は地上にある何もかもを鎮めていく。
青天や孤高の舟の重き舵 曾根 毅
青天である。孤高とは俗世間から離れ気高く生きること。舟の舵は重いこともある。船の舵は軽いこともある。
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