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2017-02-12

【みみず・ぶっくすBOOKS】リアル書店オープンのお知らせ 小津夜景

【みみず・ぶっくすBOOKS】
リアル書店オープンのお知らせ

小津夜景



この連載でいろんな本を取り上げつつ、いつも思うのは「実際に本を手にとってもらえたらなあ…」ということ。

それがなんと大阪阿倍野区にある古書店「居留守文庫」の一角をお借りするかたちで実現することになりました。

事の経緯をかんたんに説明しますと、実は居留守文庫さんは【新進作家さん注目度UP企画「自費出版の本を蔵書と共に一箱委託販売」】 と題して、
読者と作家のよき出会いの可能性を広げる新企画。出品者募集中です。作家さんにはご自身の作品と一緒に、趣味で集めた本やお薦め本、執筆の際に資料として活用した本なども出品していただき、一箱に収めて販売します。
読者にとっては、知らない作家さんの作品に初めて触れるとき、その方の蔵書のラインナップは「当たり/外れ」を見きわめる参考材料の一つになると思います。実際に読んでみないとわからないことも多いですが、蔵書の背表紙に目を滑らせるだけで自分との相性くらいは瞬時に測ることができるでしょう。
といった趣旨の企画をしていまして、これに応募しましたところ話がまとまった次第です(それゆえ売り場には拙著『フラワーズ・カンフー』も置いています)。ちなみに「一箱」というのは居留守文庫さんの骨子となるコンセプト。店内には手づくりの「箱馬本箱」が、下の写真のような感じで並んでいます。
居留守文庫の棚の特徴は「小さな木箱の積み重ね」にある。コツコツと箱を積んでいく。箱が箱を呼ぶ。本が本を呼ぶ。本は出ていき、呼ぶ声に応じてまたどこからかやってくる。つながりは、箱と箱の間にも、本と本の間にも、一冊の本の中にもある。呼び合う声、越えていく声に耳を傾けて、どこまでも広がっていくような、豊かなイメージに満ちた棚を作っていきたい。
(木箱は、演劇の舞台で使われる箱馬からヒントを得て作った。「箱馬本箱」と呼んでいる。基本サイズは30×45cm、奥行き20~30cm、標準的な箱馬とほぼ同じサイズである。)


箱には【みみず・ぶっくすBOOKS】で取り上げにくい本も並べてゆく予定です。たとえば海外の俳句の研究をしている方やフランス詩を収集している方、あるいは手頃なフランス語の学習本をさがしている方に向いた本、などなど。ゆきあたりばったりで集めているので、品出しも段取りなしで行います。関西にお住まいの方や、近くに用事のある方は、気軽に店内を覗いてみて頂けますととても嬉しく思います。

現在並んでいるのは以下の通り(折を見て、随時追加)。

Haikus du temps qui passe (俳画集アンソロジー)
Haïkus des quatre saisons(俳画集アンソロジー)
【みみず・ぶっくすBOOKS】第5回 ロジェ・ミュニエ『北斎画でめぐる四季の俳句』
Miroirs de la nature(俳画集アンソロジー)
【みみず・ぶっくすBOOKS】第11回 『自然の鏡/俳句拾遺』
Zombie Haiku: Good Poetry For Your...Brains  /  Ryan Mecum
【みみず・ぶっくすBOOKS】第8回 ライアン・マコム『ゾンビ俳句』
Hillary Clinton Haiku  /  Vera G. Shaw
【みみず・ぶっくすBOOKS】第9回 ヴェラ・G・ショー『ヒラリー・クリントン俳句』
Clefs magiques : Haïkus  /  Jean-Léonard de Meuron
【みみず・ぶっくすBOOKS】第12回 ジャン=レオナール・ド・ムロン & フレデリック・ル・ルー・デルペッシュ『魔法の鍵』
Haïku, mon nounours  /  Gilles Brulet
【みみず・ぶっくすBOOKS】第14回 ジル・ブリュレ&宮本千安紀『はいくま』
Haïku du chat (猫ハイク) /  Jacques Poullaouec
Haïku des quatre éléments(俳句、その四元素)  /  Jacques Poullaouec
Pourquoi les non japonais écrivent-t ils des Haïkus ?   (非日本人が俳句を書くのはなぜか?)/  Alain Kervern  



【参考】
居留守文庫HP
居留守文庫twitter

みみず・ぶっくすBOOKS関連本以外で、著者が出品している古本のリストはこちら。

2017-02-05

【みみず・ぶっくすBOOKS】第14回 ジル・ブリュレ&宮本千安紀『はいくま』 小津夜景

【みみず・ぶっくすBOOKS】第14回
ジル・ブリュレ&宮本千安紀はいくま

小津夜景




これまでとりあげてきた本の装丁はフランスの香りがするものが多かったけれど、たまに日本風の装丁のものを見かけることもある。今週紹介する『はいくま』(直訳は『はいく、わたしのくまちゃん』)はそんな一冊。



著者のジル・ブリュレ氏は詩人。『はいくま』という邦訳タイトルは、イラストを担当した宮本千安紀さんの提案なのだそう。なお本文の邦訳は、リロリ出版の経営者イザベル・アスンソロ氏の個人的な知り合い(日本人)の手による。アスンソロ氏については、当連載の第10回で『草の上の俳句』という本を紹介したので、興味のある方はそちらもどうぞ。


ロンブル
ドゥ・モン・ヌヌルス
エ・オースィー・アン・ヌヌルス


シャポー・ドゥ・パーイュ
リュネット・ドゥ・ソレーイュ
モン・ヌヌルス・ア・ラ・プラージュ

ブリュレ氏の俳句をカタカナで書き取ってみた。大らかな韻が小さな子どもにぴったり。

以前、こちらのサイトで、フランスの子どもがつかう俳句教則本について書いたことがあるのだが、その教則本ではシラブルの数え方、身の回りのていねいな観察、切れ字を足がかりとした〈詩の構造〉を洞察する訓練、異文化への理解など、知性と情操との包括的教育といった狙いが随所に垣間みられた。いっぽう『はいくま』は見てのとおりそれより遥かに小さな子どもが対象である。それにしてもこんなに早い段階で、フランスの子どもが俳句という言葉に触れるとは。なんだか嬉しい。


くまちゃん。


ブリュレ氏。


【参考】
ジル・ブリュレ
http://gilles.brulet.pagesperso-orange.fr/gilles/accueil.html
宮本千安紀 恋してフランス*絵本と旅とリヨンの暮らし
http://biscotte.exblog.jp/

2016-11-27

【みみず・ぶっくすBOOKS】第13回 文学無料配布マシンと俳句コンテスト 小津夜景

【みみず・ぶっくすBOOKS】第13回
文学無料配布マシンと俳句コンテスト

小津夜景



フランスに Short Edition という、その名のとおり短編を好んであつかう出版社がある。この出版社は自分たちの活動を《プラットフォーム》と位置づけていて、この「週刊俳句」のように何かを書きたい人達の《場》になっているようだ。

書きたい人達ばかりではなく、読みたい人達の《場》としてもShort Editionには面白い工夫がある。いったいどのような工夫かというと、市役所、図書館、駅といった公共スペースに文学の無料配布マシンを設置しているのである。

で、つい先日この配布マシンから俳句が出てくるという噂を聞いた。本当だろうか。そんな可能性を想像したこともなかったわたしは実際に確かめにゆくことにした。

ひとつ問題なのは配布マシンにはストーリーの長さによって1分、3分、5分と三種類のボタンがついており、読者がボタンを押すとレシート状の作品がランダムに出てくる仕組みになっていること。つまりこの自販機、読みたい作品を自分で選べないのだ。


運良く俳句に出会えますように、と思いながらさっそく駅へ。その辺にいた駅員さんを捕まえて「短編の販売機はどこですか?」と尋ねると「コンビニの横だよ」と教えてくれる。ついでなので「この販売機、この国全体で今何台くらいあるんでしょう?」とさらに聞いてみると「駅だけで100箇所くらいかな」との返答。けっこうな台数だ。

出勤時間以外は閑散とした駅舎。
休憩スペース。

駅構内のコンビニへ向かう。するとはたしてその横の休憩スペースにベンチ、テーブル・フットボールの台、アップライトピアノ、そして配布マシンがあった。さっそく近づいてみる。




この中に文学とレシートとがたっぷりつまっているのか。俳句だから絶対に最短のはずと思い1分ボタンを押すと、印字音が鳴り出し、レシートがぴろぴろと出てきた。




一枚目はフォンテーヌの詩「カラスと狐」。おお。あの塚本邦雄の「暗渠詰まりしかば春暁を奉仕せり噴泉(ラ・フォンテーヌ)La Fontaine」のフォンテーヌである。再度押す。と、またフォンテーヌ。三枚目が「真夏の夜の夢」という短編。四枚目はずいぶん長い。普通の人はこれ を1分で読めるのだ。ならば5分のレシートはどのくらいの長さなのだろう?と好奇心が湧いたが、あまり何度も押すと公共マナーに触れそうなので我慢するこ とに。

本日の収穫。

そんなわけで結局、俳句のレシートを手にすることはできなかったのだが、帰宅してからShort Editionのサイトを見ると、季節ごとに俳句の賞が開催されていることがわかった。




またこれ以外に、ふだんか らいつでも俳句と短歌を投稿できることもわかった。下の画像右側の詩型(FORME POETIQUE)という欄をみると、投稿できるのはアレクサンドラン、俳句&短歌、スラム、ソネット、寓話詩、散文詩、歌詞、自由詩、8ないし 10音節詩行の9ジャンル。俳句&短歌が一ジャンルというのはちょっとすごい。


ここに投稿された作品は、インターネットを通じた読者の反応とShort Edition編集会議とを合わせた結果、雑誌、配布マシン、ポッドキャスト、その他の方法でさらに広められるという仕組みのようだ。なかなかおもしろそう。応募してみようかしら。

仕組みの解説図。
月刊誌。値段は3€。

2016-10-02

【みみず・ぶっくすBOOKS】第12回 ジャン=レオナール・ド・ムロン&フレデリック・ル・ルー・デルペッシュ『魔法の鍵』 小津夜景

【みみず・ぶっくすBOOKS】第12回
ジャン=レオナール・ド・ムロン フレデリック・ル・ルー・デルペッシュ『魔法の鍵』

小津夜景


この夏、とても繊細な古本に出会った。アコーディオンの形をした『魔法の鍵』という句集だ。著者のジャン=レオナール・ド・ムロンはさまざまな困難をかかえる子供たちの保護や支援をおこなう公益協会で働く人物。共著者のフレデリック・ル・ルー・デルペッシュはアーティストで、本書のヴィシュアル面を担当している。

この本について著者みずからがこんなことを語っている「魔法の鍵というのは俳句のこと。絹地のように繊細で肌触りのよいこの詩型は、空に浮かぶ雲に似て、わたしたちの想うかたちに姿を変えてくれます。人生をさみしいと感じる時でも、この鍵があれば扉はひらくのです」。

24 x 18 x 2 cm24ページ。定価22ユーロ


 
外側の厚紙をとりはずすと…


アコーディオン型の中身が出てくる。

全部で24ページしかないこの句集、収録句はわずか12句。以前このシリーズで取り上げたアレックス・ドラヴァン『H2424HAIKUで語る24HOURS よりずっと少ない。またさらに凄いのが本書の対象年齢。なんと2-3歳から大人までなのだ。2-3歳の子供でもわかる俳句とはすなわち次のような境地である。


《あめだま》 
ポッケにひとつ
おくちにひとつ
しあわせね


《きょうりゅう》
かいぶつが
食べようとする
おともだち

素敵でしょう? まだまだ良い句がいっぱいあるけれど、なにしろ12句しかないので引用しづらい。すごく残念である。

それにしてもこの本、幼児の読むものとしては作りがずいぶん繊細。が、調べてみるとこのアーティストの「立体本」としてはどうやら素朴な部類のようだ。下の写真は「FREDERIQUE LE LOUS DELPECH」から。

『庭』
 
『希望の筋肉』



『心の中心に』



こんな感じ。3つめの本くらいになると大人でも間違って壊してしまいそうである。

どうしてこの二人が『魔法の鍵』でコラボレーションすることになったのかは分からない。だが互いの息のあった句集なのは間違いなく、とても自然で読みやすかった。最後に出版社みずから『魔法の鍵』を紹介した動画を添える。わたしの写真よりずっと造本が詳しいので、どうぞご覧ください。



2016-06-19

【みみず・ぶっくすBOOKS】第11回 『自然の鏡/俳句拾遺』 小津夜景

【みみずぶっくすBOOKS】第11回
『自然の鏡/俳句拾遺』

小津夜景


ふと気がついたら、いつのまにか当初の予定の10回を迎えてしまっていたこのシリーズ。取り上げたい本はまだ手元に残っているけれど、今回をもって一旦おしまいにするつもり。

さて今週紹介するのは『自然の鏡/俳句拾遺』という本。当連載第5回で扱ったロジェ・ミュニエ『北斎画でめぐる四季の俳句』と同シリーズのアンソロジーだ。さまざまの訳者が仏語訳した俳句に、フランス国立図書館、ギメ美術館、大英博物館、メトロポリタン美術館の所蔵する日本画が計58枚添えられている。

これ、非常に目のゆきとどいた俳画集である。定価だとそれなりの値段だが(19€=約2400円くらい)、買って損はしないセレクションだと思う。

なお今回は原句を引かず、フランス語をそのままトレースする感じで日本語に訳してみた。



暗い海に
鴨の声が
蒼ざめている

松尾芭蕉(この絵は歌麿?)


闘うを
吾に見守られ
蛙かな

小林一茶(歌麿「蛙とこがねむし」)


夕風や
青鷺の脚が
川を割る

与謝蕪村(歌麿「鵜と鷺」)


潮干狩り
拾うものみな
うごめきぬ

加賀千代女 (歌麿「潮干のつと」の一枚)



初旅は
いくつの時か
かりがねよ

小林一茶(広重「高輪之名月」)


年ごとに
菊を想いて
想われて

正岡子規(北斎「菊と蜂」)


花に狂い
月に驚く
胡蝶かな

三浦樗良(北斎「牡丹と蝶」)


朝風が
毛虫を吹くを
見ておりぬ

与謝蕪村(歌麿「馬追虫とむかで」)


廃屋の
地を這っている
朝顔よ

正岡子規

さいごの朝顔は酒井抱一の筆? 違ったらごめんなさい。なんにせよ左下のカマキリの翡翠色が綺麗で夢のよう。句には書かれていない小さな幸福が、そっと添えられたみたいだ。


これで【みみず・ぶっくすBOOKS】シリーズはしばらくお休み。自分自身がこれっぽっちも知らないことについて本当に10回以上も書くとは思わなかった。それもこれも巷に面白そうな俳句の本がたくさん存在したお陰である。ぜんぶ寄り道みたいなレポートではあるものの、フランス人がどんな風に俳句を楽しんでいるのかその雰囲気が少しでも伝わったとしたら、とても嬉しい。
  


2016-06-12

【みみず・ぶっくすBOOKS】第10回 イザベル・アスンソロ『草の上の俳句』 小津夜景

みみずぶっくすBOOKS第10回
イザベル・アスンソロ『俳句

小津夜景


日頃、自分が俳句を書いていることは口外しないようにしているのだけれど、なにかの拍子でそれが人に知られてしまうことがある。そんなとき厄介なのは話がそこで終わってくれないこと。決して少なくない確率で「あ、課外授業でやった」とか「うちの子が学校で書いた」などと相手が反応し、自分などには俄かに判然としない蘊蓄を語りだすのだ。

こうした状況に陥るたび「私は一度も書いたことがなかったのに、フランスの学校ってなんなの?」と不明瞭な気持ちでいたのだが、最近その霧がいくぶん晴れた。今週とりあげる俳句』が「フランスの小中高における俳句の教え方」といった、まさにその謎を扱う書物だったからである

著者のイザベル・アスンソロは俳人かつ iroli という出版社の設立者。フランス語俳句協会の理事もつとめており、さらには教育現場への俳句の普及にまで実践的に携わっているという、たいへん精力的な女性だ


こちらのサイトでつけたこの方がイザベルさん彼女がえているのは谷龍冬野虹、ティエリー・カザルスの共著となるばれぬ』だ。カザルス氏はイザベルさんが初めて目にした俳人で、氏との出会いをきっかけに俳句と恋に落ちてしまったイザベルさんは、ガリマール社の俳句アンソロジーを繰り返し読みふけり、ついには「俳句を世にひろめるために出版人になろう」と決意したのだそう。

そんなイザベルさんが綴ったこの本、まず感じたのは、子供たちに対しどのように俳句を説明するかといった課題は、フランスにおける俳句の理解の核心を最大限シンプルにさらけだすことでもある、ということ。たとえば本書の冒頭は、

  私は湧き水を飲む
  紅をさしているのも
  忘れて

という句(千代女「紅さいた口もわするるしみづかな」です)を引いて《良い俳句は精神的なイメージではなく生きられたイメージを大切にします》と始まる。そして《代女の句の一途さには瞬時性や共鳴性といったインパクトが同時に織り込まれており》、つまるところ《俳句に必要な基礎、その第一の水源は、俳人自身の体験です。生きることそれ自体が、俳句を育むに必要な腐葉土なのです》とこの項を終える。あくまで単純な、だがれっきとした哲学から入る姿勢に、子供たちの理解力に対する信頼が感じられて心地よい。


右ページの句は冬野虹「明るい岸へ雪の球なげてゐる」。
この本では、カエルが頻繁に文章に割り込んでは「俳人の言葉」を呟く。
「読んだ瞬間、味わった瞬間に俳句は生まれる/ランディ・ブルックス」

吟行中の生徒


それはそうと、本書中、私がなによりも衝撃を受けたのは季語の説明である。

俳句は五感とよばれる感性の世界に錨を下ろします。見習い中の俳人はまずもって生活に立脚して書くのであり、精神世界に立脚した場所から始めるというのはとても稀か、全くないと思っていいのです。俳人は書く為のインスピレーションを待ったりしません。生活および書くことの正面へと自ら進み出てゆくのが俳人です。》

どんな場合でも俳句は季節を示す語、あるいは一日の或るひととき、あるいは場所などの語を含んでいます。実を言うと、私は俳句を教える場でこの「錨となる語」の話をするのが好きなのですが、日本においてこの「錨となる語」は長い間「季語」が担ってきました。「季語」とは季節にまつわる事柄を体系化したもので、そこにはアルマナも含まれます。

アルマナというのは、子供から大人まで、多くのフランス人が使用しているボードないし手帳のかたちをした生活暦のこと。天体の出没、気候、宗教行事、聖人の誕生日、年中行事、旬の食材とその調理法、畑や庭の手入れ法、余暇やスポーツ、子供の遊びなど、日常に欠かせない知識や情報が、年暦によって配当された月日に記されている……ってこれ、まんま歳時記じゃん! 信じられない。今までずっと目にしていたのになぜ気づかなかったんだろう。フランスに歳時記があったとは……。

フランスの生活暦手帳。これはノート部分がやや小さめ。


                        
もともとアルマナは天体および宗教(吉凶)情報を記した暦がその起源だそうで(ウィキによると紀元前8世紀ヘーシオドス『仕事と日々』の付録暦が最古)、15世紀以降は行商人が毎年売り歩く「民衆向けハンディ百科全書」としてもいろんな人気商品が出現した。あの有名なノストラダムスの歴書もアルマナで、これはカレンダーに天体&宗教&農事に関するインフォメーション、天気予報、医学衛生の助言、ハーブ化粧品の作り方(!)、本日の占いなどが記された画期的アイデア商品だった。そのほか「地方の歳時記」「催し物歳時記」「スポーツ歳時記」「インテリア歳時記」など一つの分野に特化したタイプも存在し、なかでも「お料理歳時記」と「庭づくり歳時記」は根強い需要がありそうな雰囲気。ちなみに我が家にあるのは行政が無料配布しているもので、カトリック、プロテスタント、オーソドックス、イスラム、チベット仏教の行事情報が記載されており、写真を眺めるのが楽しい。

ノストラダムスのアルマナ。
11日は、割礼記念日、天候雨、あとは読めない。


イザベルさんの説明のお陰で、フランス人によるこの概念の把握のしかたが完全にわかって、なんだかうれしい。しかもさらにイザベルさんは、自身が季語好きなのにもかかわらず無季俳句の重要性を述べるところでこの項の説明を終えていて、そういった点もいいなと思う。

私達は日本の季語から離れ、西洋の事情にあった「錨となる語」を見つけなくてはなりません。季語の問題はそれがローカルな性質を帯びている点にあります。例えばすずらんはフランス本土で五月に咲くけれどもレユニオン島ではそうではない、といった風に。現代の俳句は自然や季節ではなく、時間及び空間的に作者にとって具体的といえる環境——例えば「教室」「工場」「街角」「目覚まし時計」など——に錨となる語を求めるようになっています。季語以外の語をこのように使用するのは当世の傾向(日本も同じ)で、これを無季俳句と呼びます。


大人の句会風景。

こうした説明のあと、本書は作句法を実際に考える作業に入ってゆくのだが、それについてはまたいずれ書くことにして、今は生徒の作品のみを紹介したい。

bruit de cavalcade
dans les couloirs du collège
la Joconde regarde
Lucas
中学校の廊下いっぱいの
お祭り騒ぎを
モナリザが見ている
ルーカス

Fête de lArmistice
un papillon noir
suit le bord décume
Vincent
休戦記念日
一羽の黒蝶が
泡の淵を追う
ヴァンサン

barque sur le Nil
prises dans les jacinthes deau
PRINTEMPS 2011
Janiss
ナイルの小舟
ヒヤシンスに捕らえられ
2011年春
ジャニス

ヒヤシンスの句は失読症の生徒作品。吟行にゆき、そこで目にしたものを補助教員がメモし、教室に帰ってからそれらの語を並べ替えて作句した。「ナイルの小舟」は旅行代理店のポスターを見たときにメモした語なのだそう。

Sunday Im in love
lancé une étoile de mer
qui colle au ciel
Dylan
日曜日、ぼくは大好き
空にはりつく
ひとでを投げた
                                          ディラン

こちらは特殊学級の生徒の句。教師の体験した週末のできごとに耳を傾けつつ、その話の中から印象に残った言葉を拾うといった方法で作句を試みた。文法が少し変で、さらに英語も混じっているが、とても素敵な俳句である。下の写真はこの子が教師の話を聞きながらつくったという、超ヘヴンリーでアイム・イン・ラブな俳画。


『草の上の俳句』から一貫して感じられるのは、あくまで子供たちの知性を「水と土の匂い」のする土台から育むひとつの方法として俳句をその場に差し出そうとするイザベルさんの冷静な判断力だ。この本には「俳句のすばらしさ」を子供たちに伝えるといった発想は微塵もない。あるのは「子供たちのすばらしさ」を俳句が涵養するだろうといった大変気の長いヴィジョンであり、またイザベルさんにとって「俳句を広める」とは即ちそういうことらしい。

今回この本のさまざまな作句法を読み、また生徒たちの作品例を眺めて、学校という空間ではむしろ外国人の子、識字困難の子、特殊学級の子など、感覚と文字とのあいだにささやかな「距離」を抱える生徒たちにこそ、五感をせいいっぱい押し広げて書く俳句という言葉のあり方が有効なのではないか、といった感想も抱いた。最後にイザベルさんの考え方がはっきりと現れた文章として、この本の目次を引用しておく。

『草の上の俳句』
1章 よい土壌
・水源
・構造
・定着
・句切れ

2章 よい盛り土のための原材料
・読者という名の分別ある農夫
・五感という光と熱
・日々の水やり
・母なる自然とその恵み
・正確な語という肥料
・ひらめきという雷
・こまどり、その他のまれびと
・微量元素 : 慈愛と人間性
・そして少しの雪と歓び

3章 正しい道すじに
・書き出しの三つの例
・道にある、いくつかの躓き石
・よくある質問

4章 さあ書こう! アトリエと活動
・何を書くかについて
・俳句を発見する授業のやりかた
・俳句を書く活動 小中高それぞれの指標
・俳文(俳画の実践もあり/筆者註)
・吟行
・句会
・上記以外の公的現場 : 失読症児童、外国人児童、特殊学級児童の場合
・実現すること
・領域横断的プロジェクト : フランス語俳句と外国語俳句、フランス語俳句と彫刻、フランス語俳句と「生命&環境の科学」(フランスの学校の授業科目名/筆者註)

5章 用語・書籍・サイト集


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