2008-04-13

【週俳3月の俳句を読む】小林苑を

【週俳3月の俳句を読む】
小林苑を
春のときめきドラマ仕立て




てすりのないせまいかいだん水温む 上田信治

平仮名表記がこの句のすべてだ。この危うげで粗末な階段は、平仮名だけで書き取られることで、水温む季節の持っているワクワクとかドキドキの仲間の「おまじない」になる。おまじないになって、なにかが待っているどこかへと繋がる階段になるのだ。


目つむるといふ待ちやうも梅の花  佐藤文香

「待ちやうも」で唐突に切れて、梅が咲いている。爪先だって、来るはずの方角に目をこらすのが待つってことなら、敢えて目をつむるのは、もっとドキドキするためだ。春に先駆けて固い蕾をひらく梅の花は、きゅっと口を結んで本音を言わないくせに分かって貰いたがってるってわけだ。


キスをする春の地震の少し後 小倉喜郎

「あ、地震だ」と思う。でも、それはすぐに収まってしまう。僅かなクラッと揺れたドキドキの共有とその余韻の残ってる間のキス。巧い時間の使い方。


蝶の口しづかに午後を吸ひにけり 山根真矢

たとえば春の昼下がり、時間が止まったような空間に一匹の蝶。小さな蝶の見えているいるでもない口の、その微かさは静けさよりもときめきに近い、よね。


絵の中にのみふらここは静止する 中村安伸

いつでもふらここは揺れていると作者は言っている。見ているのは絵の中のふらここではなくて、その向こうにある、止まっているように見えても揺れている現実のふらここなのだ。だから、ふらここって春の季語なのね。


鳥雲に晩年の飯炊き上る   大牧 広

健忘症と言へるうちなる目刺食ぶ

春来ても盆栽展といふ守旧

空港の最上階で花種買ふ

ところで、ドキドキしないとまでは言わないが、ときめきにくい晩年、を迎えたらしい大牧氏の句群は、句の粒が揃っていると言ったら失礼にあたるかもしれないが、「三月の俳句」の中でさすが抜きんでて巧い。さらりと俳味を醸し出す。春の季語に隠れているときめき感を逆手にとって、老いの予感に諧謔とも言うべきもを与えている。むろん季語の斡旋だけではなく、「炊き上がる」「食ぶ」「展」「買ふ」なんて、老いの振りして未来志向なんですけど。



ハイクマ歳時記 佐藤文香・上田信治  →読む
大牧 広 「鳥 雲 に」10句  →読む
横須賀洋子「佐保姫」10句  →読む
中村安伸 「ふらここは」10句  →読む
陽 美保子 「谷地坊主」10句  →読む
山根真矢 「ぱ」10句  →読む
小倉喜郎 「図書館へ」10句  →読む



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