2009-09-06

〔週俳8月の俳句を読む〕陽美保子 なべてかくや…

〔週俳8月の俳句を読む〕
陽 美保子
なべてかくや…


爪先をしづかに揃へ螢の夜   井上弘美

螢は少し遠いところを飛んでいるのだろうか。いや、ひょっとしたら飛んでいないのかもしれない。螢を見に行こうと誘われてきてみたが、まだ螢の姿は見えない。作者はゆったりとした気持ちで縁側か戸を開けたお座敷で螢を待っている。たぶん和装だろう。そうでないと爪先が生きてこない。爪先だけで、螢を待つ人の心持とその夜の雰囲気を言いとめている。


日盛りのぴしと地を打つ鳥の糞   村上鞆彦

日盛りはほとんど動くものも音もない。みんな暑さに耐えてひっそりと息をひそめている。そんな中、一羽の鳥が糞をして行った。その糞が「ぴしと地を打つ」。活動は目立たないが、日盛りの中、生き物のたしかな生命力を感じる。そして、その音のあと、再び真昼の静寂が戻ってくる。


風細く吹きゐる蛇の卵かな   髙柳克弘

蛇の卵を実際に見たことはないが、鶏の卵よりやや細長くて殻が柔らかいという。そんな柔らかなしかし強靭ですこし粘つく卵を蛇がとぐろを巻いて守っているところを想像する。いや、目の前にあるのは卵だけだろう。この蛇の姿は幻。気持ち悪いとも神秘的とも言える光景を思い浮かべる。そこに風が吹くとすれば、強風でも涼風でもない。少し湿ったやわらかな一筋の軟風。


赤道直下投げやりに花開くなり   山口優夢

擬人法が成功するのは、技巧を考える前に、作者が直感で得た言葉がたまたま擬人法となった場合だろう。この句はまさにそれだ。ハイビスカスなど南国の原色の花は、花の色もはっきりしていれば、咲き方もはっきりしている。もろに蘂を突き出してぱっと咲いているさまは、咲くというより全開の「開く」。躊躇などなく、まさに「投げやり」に開いている。また、南国というより「赤道直下」の方がより直接的で強烈、「投げやりに開く」に呼応する。赤道直下の性はなべてかくや…。


八田木枯 世に棲む日々 10句  ≫読む
井上弘美 夏 館 10句  ≫読む
村上鞆彦 人ごゑ 10句  ≫読む
ま り ガーデン 10句    ≫読む
橋本 直 英國行 10句    ≫読む
北大路 翼 ニッポン 10句  ≫読む
野口る理 実家より 10句  ≫読む
髙柳克弘 ねむれる子 10句  ≫読む
山口優夢 おいでシンガポール 10句  ≫読む

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