2011-02-20

第140号~第149号より 山田露結さんのオススメ記事

第140号~第149号より
山田露結さんのオススメ記事


上田信治 ひとりのおっさんが好きに決めた部分 西村睦子『「正月」のない歳時記』 ≫読む  第147号 2010年2月14日

上田信治さんは以前から『季語は「ルール」』ということをしきりに言っています。そのことがきっかけで、昨年ツイッター上でも『季語は「ルール」か「ツール」か』というやりとりがあったりして。

個人的には、「ルール」と捉えるか「ツール」と捉えるかによって、特に句作に大きく影響するわけでもないだろうし、まあ、季語は「ルール」でもあり「ツール」でもあるよなぁ、などとぼんやり思いながらそのやりとりを眺めていたのですが…。

著者は、500あまりの季語について検討を加え、次のようなことを指摘していきます。

・現在流通する「歳時記」の収録季語のかなりの部分は、虚子の雑誌運営上の戦略と、恣意によって定められた。

・大正8年のホトトギス付録「季寄せ」から、唐突かつ強引に太陽暦に移行したため、多くの矛盾や不具合が生じている。

・「薄氷」を春の氷に限定したのは、あきらかに虚子の一存(和歌では冬春両説、連歌では冬十月とされていた)。

・「虹」「夕焼」「瀧」を夏の題にしたのは、もちろん虚子。

・「春の泥」→「春泥」「春の炬燵」→「春炬燵」など「の」を縮めて四音五音にして、使いやすくするのは虚子好み。ほかにも「春眠」「春潮」など「シュン」大流行。
(「ひとりのおっさんが好きに決めた部分」上田信治)
なるほど、この記事を読む限りでは、季語(「近代以降の」という限定が必要かもしませんが)って、ようするに「交通ルール」みたいなものなんだな、と。
作句者である誌友のニーズを最優先し、"詠みたい題、詠める題=使える題" を集めたそのことが結果的には季語を再編し近代における季語の枠組みを作り、現在我々が使っている季語のベースを作り、客観写生と相挨って俳句の大衆化を一気に推し進めたことが分かった。(「正月」のない歳時記/西村睦子)
都市の近代化、人口の増加に伴って道路や鉄道が整備されるとそれを円滑に機能させるために、自ずと交通ルールを定める必要性が出てきます。

同じように、虚子には俳句の近代化、人口の増加に伴って句会や作品発表・批評などを円滑に行うための共通認識として季語(ルール)をあらためて定義しておく必要があったのかも知れません。

信治さんの言う『季語は「ルール」』の「ルール」が単純にこの「虚子の定めた季語」(あるいは虚子のものをたたき台にしたそれ以降の歳時記に掲載された季語)を指すのであれば、私の中でモヤモヤしていたものがスッキリと解決します。

まず、季語が表現手段としてどのような歴史的経緯をたどって成立してきたか、という季語のツールとしての側面[*註]と並列に置いて「ルール」か「ツール」かを議論する必要がなくなりますし、また、必要に応じて「ルール」=「虚子の定めた季語」という概念を外してしまえば、「ルール違反」という意識はなくなり、無季俳句も堂々と成立します。つまり「虚子とはカンケーないところで俳句を作ってるんだよ、オレは。」という場合です(もっとも、「ルール」を認識した上での故意の「ルール違反」であれば話は別ですが)。

もちろん、「ルール」と言ってもそれは絶対的な尺度ではなく、あくまで「目安」としての「決めごと」(交通ルールだって時代に即してその都度改正されますから)。そう考えれば、ここで紹介されている『「正月」のない歳時記』の内容は信治さんが『季語は「ルール」』と考えるその根拠を裏付けるもの、と捉えることが出来ます(この記事では信治さんは『季語は「ルール」』ということを言っていませんが)。

「プロ歳時記(歳時記優先主義)」的立場をとる片山氏が、季語・歳時記の変遷をたどってゆけば突き当たるにちがいない「ひとりのおっさんが、好きに決めた」部分を、どう呑み込んでいくのか、興味深いです。(上田信治・

はい。季語は「ひとりのおっさんが、好きに決めた」「ルール」、なのですね。


[*註]レクイエム・フォー・ドリーム(五十嵐秀彦/無門日記)

【関連】
真説温泉あんま芸者 第1回 有季認定をめぐって さいばら天気
真説温泉あんま芸者 第2回 季語が生み出すアパルトヘイト さいばら天気
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季語という「ルール」について又 上田信治/週刊俳句180号
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