2011-02-20

第150号~第159号より 近恵さんのオススメ記事

第150号~第159号より
近恵さんのオススメ記事


この期間、結構密集。『川柳 「バックストローク」まるごとプロデュース号』(第150号)、「新撰21」の関連記事の続き、猫鬚さんの大長編『オーロラ吟行』がスタート、ハイクマシーンの平井照敏編『新歳時記』(河出文庫)につっこむ(春)、『「週刊俳句」創刊3周年記念懇親会レポート』等々。

それにしても参ったのは、記事を読み直そうと週俳をひらくたびに『SST』の三人のあの頭部写真が目に飛び込んでくることだ。その度に猿丸さんと目が合い、関さんの頭頂部に目が奪われ、鴇田さんの眼鏡の反射が気になる。こんなことになるんならもっと前にやっときゃよかったよ…。

何はともあれ、第200号刊行おめでとうございます。

第150号  2010年3月7日 川柳 「バックストローク」まるごとプロデュース号から
湊 圭史 【本号川柳作品を読む】フィールドに立つ裸形のことば ≫読む 

俳句と川柳とは基本「五七五」という同じ形でありながら、俳句を始める前も今もその違いがよく分からないというのが自分の実状。で、この記事を読んだ時、ご多分に漏れず「川柳とはなんぞや」という疑問に答えが出るのかと思いきや、読んでゆくうちに尚更混沌の深みに嵌る。その上「俳句とはなんぞや」ということにすら自分は明確な答えを持っていないことにも今更ながら気付かされる。

「(現代)俳句っぽい」と「(現代)川柳っぽい」の境界線はかなり不明瞭で、果たして線引きをする必要があるんだろうかぐらいに思ってしまう。そこを筆者は川柳をジャンルではなく『カオティックなフィールド』と捉え、俳句との位置関係を平面的ではなく立体的にとらえようとしている。現代俳句は『カオティックなフィールド』の一部分なんじゃないかという気にもなってくる。

そういう意味では『フィールドに広がるカオスを見回して途方にくれるなり、眩暈を覚えるなりしていただけると嬉しい。』という一文に、ハイそのとおりでしたとしか言いようのないこの『川柳 「バックストローク」まるごとプロデュース号』なのである。川柳と俳句の、よう分からない垣根を越えて、なんでも有り(といっては語弊があるかもしれないけれど)の「五七五」の世界を純粋に文芸として、真面目な俳句一筋純粋培養の人も楽しめるために、この『フィールドに立つ裸形のことば』はとっても意地悪で有効な導入部だと思う。


第158 号 2010年5月2日
 春宵一刻一堂一会 「週刊俳句」創刊3周年記念懇親会レポート ≫読む

創刊が2007年4月29日の「週刊俳句」、くしくも自分が俳句を始めてからほぼ2ヵ月後にスタートを切っており、ほぼ自分の俳句暦に重なる事からも感慨一入。この3周年記念懇親会へはよろこんでお祝い(の酒を飲み)に馳せ参じましたという次第。

「週刊俳句」は今や総合俳句雑誌で話題が出るなどその存在はすでに無視することはできず、創刊時に上田・西原両氏がそこまで思惑があったかどうかは知らないが、インターネットを使った俳句周辺の読み物ということではじわじわと業界内に影響を放つ存在と言えるであろう。この懇親会に集まった面々からもそれが伺える。

この一連の3周年記念企画の中で特に衝撃を受けたのは『週刊俳句3周年記念特別顕彰企画 「週刊俳句」この一冊』。結社「青門」副主宰をおつとめの西村睦子さんの『「正月」のない歳時記─虚子が作った近代季語の枠組み』(本阿弥書店)を西村さんご本人を招待しての顕賞で、ご本人の弁も聞けて尚更に、いや、ホントに目から鱗がぼろぼろと落ちてゆく。

そのぼろぼろと鱗の落ちた目で俳句に目を向ければ、よく叫ばれている「有季定型」というのは「歳時記に載っている季語(季題)」が入っているということではなく「季感が表現されている」程度のことでいいんではないかとも拡大解釈したりして。西村さんの受賞スピーチの『虚子編の歳時記というのは結社歳時記ですから、彼が何をやろうと自由なわけです(おお、なるほど、の声)。』という言葉、自分も思わず「おお、なるほど!」と声をあげた一人。書籍まではたどり着けなくても、ご本人の弁を読むだけでなるほどねーと思わず納得。最後の一文『成文化された物にしばられるのではなく、虚子の方針をこそ、受け継いでいったらどうか』というところ、これからの俳句とその周辺のある種の光明も見え隠れしているのではないかと感じるのだ。

さて、本編の「週刊俳句」創刊3周年記念懇親会レポートは一目瞭然、写真と俳句で綴る春宵の宴。何も語らずとも俳句と写真の組み合わせは暴力的なまでにお喋りだ。ついでに告白すると『オーロラ吟行』『ホトトギス雑詠選抄』で特別賞を受けた猫鬚さんの頬に大口を開けて張り手を食らわしているように見えるのが自分である。もちろん双方この時点で既に酔っ払いであり、遺恨はない。

過去記事のなかでもこういう「俳句+写真」形式で綴ったものはなく、内輪ネタに近いとは言え結構楽しめる。挙げ句の『風薫る日曜にまた会いませう  しなだしん』が「週刊俳句」のスタンスそのものを上手く言い得ているのではないか。



≫既刊号の目次 141-160

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