2011-05-01

【週俳4月の俳句を読む】無縁といえず 小早川忠義

【週俳4月の俳句を読む】
無縁といえず
小早川忠義



東日本大震災のダメージが未だ人々の心に少なからず影を落とし続けているが、四月三十日は震災当日から数えて四十九日目にあたる。今だから詠め る句をという気持ちと、いつまでもいじけている訳にはという気持ちが、俳句を詠む方々にも交錯しているのではないだろうかという思いを禁じ得な かった。


もらひ泣きして庭先の梅を見て  ひらのこぼ

テレビからの風景と等身大の自分を対比させて、直接的な言葉を使わずとも今こそ詠める句をと試みたものだろう。恐らく被災地の惨状であり、号泣 する画面の向こうにもらい泣きはしても、ぬくぬくと暮らしている視線の先には開いた梅の花がある。関心はあっても百パーセント共有できるものでは ないというもどかしさも「して、見て」と言い差しで終わっている口調で現れていそうだ。


玄室の上古をのぞく春の月  天野小石

薄蒼く春月出づる地震の国

十句の中で「春の月」が玄室の上古を覗き、地震の国に君臨するというのに目を引いた。春の月はぼんやりしているが、確実にその空に出て太古の昔 も高度成長期も見詰めていた。勿論現在も。そして未来が復興していようがいまいが、そのぼんやりとしたままで。


吊り橋へ躍り出でたる孕鹿  矢野玲奈

一読して切れのなく雰囲気だけが伝わってくる印象からして「甘い」という先入観を抱きやすい作風なのだが、一句一句に使われている言葉の選び取 り方によって読者に考えさせようとする力が作者の持ち味なのだと思う。

吊り橋へ、恐る恐るとは言えない「躍り出でたる」孕鹿にはその視線の先に怖さをも凌駕する存在があったのか、などと。


詩は泣いていられないんだつばめ来る  福田若之

ヒヤシンスしあわせがどうしても要る

若い作者は、抒情を自らの近くにぐいっと引き寄せ十七音の中に据えるのが得意なのかも知れない。その断定的な言い回しが微笑ましい。しかしそこ に表現された世界は今回の震災に無縁とは決して言い切れないであろう。

涙をためた詩が多かれ少なかれ作者の背景にあったからこそ燕の飛来の鋭さが強調されるのであり、いくつもの花を穂状につけるヒヤシンスが、幸福 を渇望する存在もしくは自意識が四方八方に働きかけている姿に見えたのだろうか。


海胆よりも耳朶よりもあはく生き  羽田野 令

海胆と耳朶の対比での最大の違いは手触りであり、前者は指を傷付ける程の鋭い針に覆われ、後者は熱い物に触れた指を冷ます為の箇所である。触れ て来る者に対して傷付けもせず癒しもせずにいるその淡泊な生き方から、作者の営む世界が広がっているように思えてならない。


第206号 2011年4月3日
ひらのこぼ 街暮れて 10句 ≫読む
天野小石 たまゆらに 10句 ≫読む
第208号 2011年4月17日
矢野玲奈 だらり 10句 ≫読む
福田若之 はるのあおぞら 10句 ≫読む
第209号 2011年4月24日
関根誠子 明るい夜 10句 ≫読む
羽田野 令 鍵 10句 ≫読む

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