俳句とは何だろう ……鴇田智哉
第4回 俳句における時間 4
初出『雲』2007年4月号
私はここまで、俳句における「時間」について考えようとして、阿部完市氏の言葉をそのとっかかりとして扱ったのだが、やや引用が多くなったこと、また、引用以外の部分では、どこまでが阿部氏の考えで、どこからが私の考えであるかが不明瞭なところがあったこと。それらが少し気になっている。
誤解の無いように、ここで改めて断っておくと、阿部氏自身が言っているのは、「俳句は時間詩である」「俳句はゲシュタルトである」という定義、この二つである。LSDの実験は、彼がこれらの考えを導く助けとなったものだ。一方、「滲む時間」と「流れる時間」の二つのイメージは、私の創作である。「滲む時間」をもとにした「湖と漁師のたとえ」も、私の創作である。
そして、今回からは、この文章「俳句とは何だろう」書き方を、少し変えてみたい。他人の文章や言葉の長い引用はなるべくせずに、私自身が考えていることを中心に書きたいと思う。現在、自分は俳句をこう考えているんだよ、ということを文章にしてみたいと思う。そして、読者からの感想、意見、反論などを、いろいろとたくさん聞いてみたいと思うのである。
まずはここまで書いてきた、「時間」についてである。なぜ、俳句における時間が私にとって気になったのか。それは、私がもともと、「時間」というものにとても興味があったから、また、多くの人も「時間」に興味があるに違いないと思っているからである。
例えば昼間、日向に浮かぶ埃を見ていたら、夜になっていたとか、夜ふとんに入って目を閉じてすぐ目を開いたら、もう朝になっていたとか、何時間かが一瞬のうちに過ぎてしまうという経験。そのような経験はいつも、「時間」というものの不可思議に興味をもつそもそものきっかけとなるように思う。
また、夜星を見る。宇宙の話を読んで気が遠くなる。「光年」とか「無限」とか「一瞬」とかについて考える。考えれば考えるほど、楽しくもあり、恐ろしくもあるだろう。「時間」とか「宇宙」のことについて真剣に考え始めると、だれでもぞっとするものだと思う。
人がものを考えるとき、「時間」はいつも問題の中心である。
そうしたなか、私自身にも、これまでの経験とか感覚をよりどころとしてなんとなくできている、「時間」に対するイメージがある。それをできるだけ人に伝わりやすい(?)形で言葉にしてみたのが、「滲む時間」と「流れる時間」の二つのイメージなのであった。
私は阿部完市氏の文章を読んだときに、とても親しみやすさを覚えた。時間に対する感じ方が、自分と似ていたからである。時間に対する感じ方のもとになっているのはもちろん、まず彼のもともとの感覚なのだと思うけれど。
そこで、俳句の話だが、俳句と時間とのかかわりは一つではない。私が現在考えている、俳句と時間とのかかわりの種類を、まず箇条書きにしてみよう。
1 俳句を作るもととなる時間…俳句のもととなる体験の時間。例えば「陽炎」の句であれば、作者が陽炎に佇んでいた時間。言い換えれば、風景とか心象風景とかが生まれる、生とか思いとかの時間。阿部氏のLSDの実験では、この時間が強調された。
2 俳句を言葉として組み立てるのに要する時間…俳句を実際に文字として書き留めるのにかかる時間。推敲にかかる時間など。
3 韻律としての時間…俳句の五・七・五、十七音を読むためには、黙読・音読にかかわらず、一定の時間を必要とする、という意味において。また、一句に独特のリズムがある、という意味において。
4 読者が体験する時間…例えば、「流れゆく大根の葉の早さかな 虚子」を読んで「流れ去る夢のような一瞬」を体感として感じ取る。或いは、「荒海や佐渡に横たふ天の川 芭蕉」を読んで「壮大なる永遠」という恐ろしさに身震いする。といった、読者にもたらされる時間。
5 俳句の内容として描かれている物語の時間…例えば「遅き日のつもりて遠き昔かな 蕪村」「お手打の夫婦なりしを衣更 蕪村」などには、内容として長い物語の時間が描かれている。
6 十七音という形式の時間…俳句の十七音は言葉の形式として、人が一目で見通すことのできる絶妙の長さであるという意味において。
7 時計の時間…1~6とは別に存在する一般的な時間。人が時計から読み取る、いわゆる「時間」。
俳句と時間との関係は少なくともこの七つに分類できると思う。そして、この中で特に俳句の本質にかかわるのは、1・3・4・6である。
多くの俳論においては、このような分類が筆者の中で意識されていないため、また複数の筆者の間で、「時間」という言葉の意味するところが明確に定義されたり共有されたりしていないために、混乱が生じているように思う。
(来週号に続く)
第1回 俳句における時間 1 →読む
第2回 俳句における時間 2 →読む
第3回 俳句における時間 3 →読む
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