2009-08-30

林田紀音夫全句集拾読 082 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
082




野口 裕





昭和六十一年、「海程」発表句に、

水洟の遥かわずかに昏れ残る

とあって、唖然としたことがあった。同年の「花曜」にも発表している。水洟の句は、その後、

水洟の日暮れの海に突き当たる  (平成二年、「花曜」)

水洟のさびしさの日に幾度か
   (平成二年、「花曜」)

水洟のしばらく海にたちどまる
  (平成三年、「海程」)

水洟のそれから仰ぐ錆びた空
   (平成六年、「海程」)

水洟の不覚にも沖見遣るとき
   (平成七年、「花曜」)

と続く。句会をともにした人から話を聞く機会があり、彼が常々自作を「どぶ漬け」と呼んでいたことを知った。そうしてみると、水洟の句の変遷は「どぶ漬け」のプロセスを表していることになるだろう。実際、最後の句がもっとも良い。


 平成二年、「海程」発表句に、

影のない弔旗の街を歩きだす

があり、昭和天皇の死に関わる句と判じた。平成二年の「花曜」発表句では、一読してそれと分かる句はない。

樒立つ時として雨降りかかり
香煙の昼しばらくはとどこおる

通夜の燭或る時強く影揺れる

雨まじる読経の声の昼過ぎて

新しく経木を書いて起きあがる


と、葬儀の場面を描写した句が連続してあるが、昭和天皇との死と関連して読むのは難しい。ひょっとすると、「どぶ漬け」の結果、句が変貌してしまったか。

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