林田紀音夫全句集拾読 126
野口 裕
風に泣く午後の河べり死者が隣りに来て
餓死の手がのびる砂上に青空つづき
老女多数で石の比重の夜につながる
ひとり歩いて塗りこめられる夜の壁
夜いちまいの流れに肋数えて浮く
鉄骨てのひらに冷え肩寄せる死者
昭和四十五年、未発表句。ここのところ、字余り、句跨りが目立つ。四十五年の初めから十句中、これだけの句が拾える。第二句集の当初(昭和三十六年~昭和三十九年)、「沖の曇天パン抱いて漂泊をこころざす」、「さくらの下を過ぎて深夜に齢(よわい)足す」等、極端な破調となる時期があった。破調が目立たない時期でも、全くなくなるわけではない。定型になじむ時期、破調になじむ時期が周期的にやってくる。
句としては、三句目が謎めいて興味をそそられる。
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灯を撒く空港ひとり銷の音たてる
昭和四十五年、未発表句。「銷」は「消」に通じる。「消夏」あるいは、「銷夏」という言葉がある。彼の住んでいるところが空港に近いことから、暑さしのぎと気晴らし(「消遣」あるいは「銷遣」という言葉がある)を兼ねて、空港におもむいたときの句と想像できる。「意気消沈」という言葉で、「銷」の字を使うこともあるようだから、句の気分はそれに近いだろう。「銷の音」は、さすがに無理筋。
句帳に書き付けるときに、雅楽で使われる楽器「笙」の字を思い出せず、とっさに「銷」を書いた、というなら面白い。しかしこれは、無理筋に無理筋を掛けあわせるような事態になる。残念ながら、引っ込めざるを得ない。
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海につらなる墓地どの道も老婆溢れ
昭和四十五年、未発表句。たぶん、老婆が多いということに時間の経過を見、回想に耽っているのだろうが、なんとなく吹き出したくなるようなおかしさがある。しばしば、トリビアリズムと揶揄される紀音夫の性向は、意識せざるユーモアを醸す。
河の残照旋盤から身を剥いで立つ
昭和四十五年、未発表句。旋盤の操作に没頭していた。ようやく終えて目を上げると、河の残照が視界に広がった。意味はそんなところだろう。「身を剥いで」が生々しい。
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2010-08-01
林田紀音夫全句集拾読126 野口裕
Posted by wh at 0:05
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