2010-09-12

【週俳8月の俳句を読む】江口ちかる

【週俳8月の俳句を読む】
江口ちかる
うなぎボーンを食べながら


8月の週刊俳句、楽しく読みました。岡田一実さんの句がツボでした。また、小川楓子さんの句が、謎を含みながらのおもしろさでした。おふたりの句を中心に綴ってみました。 

薔薇ピンクイエローのり子美容室  岡田一実

たとえば映画『嫌われ松子の一生』のあの色である。彩度の同じ色が合わされた、ぬくい感じである。「のり子美容室」の店主のり子は、花ならば薔薇を上等とし、明るい華やかな色を愛し、おそらくはきっちり唇の輪郭を書いてルージュを塗るようなひとなのだろう。平明な単語の句またがりが声に出してみるとおもしろく、偽ラッパーにもなろうというものである。

ういてこい三匹乾く窓辺かな  同

「ういてこい」があるから、三匹は水の中の生き物だろう。それが乾いているという。こわし。金魚だと仮定する。渇いているのは金魚の内面なのか、肉体なのか。後者ならば死であろうか。金魚の屍の掬いあげられ、窓辺に並べられているさまが浮かぶ。「ういてこい」は浮人形とわかっていても、音は呪詛めいて怖いのである。

冷房に蘂なき花の揺れどほし  同

室内で、もはや生殖の機会を持たない花が(開ききって時間が経ち、蕊を落とした花だと思いたい。造花とは思いたくなくて)人工の風になぶられている。作者は花を風の当たらない位置に動かそうとは思わないらしい。ただ見ているのである。「ういてこい三匹乾く窓辺かな」もそうだが、岡田さんの句は見ている対象に関与していない感じがあって、そこがおもしろい。

語彙少ないし放課後レタスバーガー  同

衝撃!「少ないし」の「し」って何だろう。「がんばっても勝ち目なしいし」とか「かったるいし」と同じ語尾の上がる「し」だろうか。そして「語彙少ないし」は誰の言葉なのか。放課後レタスバーガーにむかう子らがふわふわした会話の中で放ったのだろうか。それとも隣り合わせた作者のつっこみなのだろうか。後者だという気がする。ここでもまた少し離れて見ている人なのである。


次に小川楓子さんの句について。

夏風邪や影の滴る弟と  小川楓子

夏風邪をひいているのは誰なのかが判然としなかった。
憂欝な夏風邪を、影が滴るほど光を集めている「弟」と私がひいているのだろうか。それとも光を集めている弟といて、私が夏風邪をひいているのだろうか。後者のほうが意味合いは自然だと思える。「弟と」のあとに何かが省略されているのか。腑に落ちないながら、弟を影が滴ると見る視線がいい。

落武者の歩幅となりて土用かな  同

落ち武者の歩幅とは如何に。歩く速度でなく、歩幅である。速度なら、追手を恐れて急ぐ足と、つかれはてても繰り出される遅々とした足とが考えられるが、歩幅とは新鮮だった。猛暑である。歩幅は疲弊した者の歩幅なのだろう。縺れるような狭まりがちの歩幅なのだろう。それを落武者と喩える、作者の稚気。

ばら色の楽器がほしい守宮啼く  同

ばら色の音色の楽器だろうか?楽器ならば、ばら色の音も侘び寂びの音も奏でることだろう。ではばら色に塗られたトロンボーンか、グランドピアノか。いずれにしてもオブジェめく。守宮もまたオブジェめいたフォルムを持つ。少しばかり非現実なオブジェを傍らに。ここにも稚気なのである。

青山椒渡して今朝はおめでたう  同

うつくしく、ぴりりと辛い青山椒。何がおめでとうなのだろう。丸善の棚に檸檬を残した青年を思い浮かべるが、ここにはあの青年の鬱屈はない。稚気とくすぐったがる気持ちの揺れと。チャーミングな句である。

ウラハイのコミケ吟行句は、このような句の作り方ももちろんありだったと、新鮮だった。

風死すやホチキス甘きコピー本  松本てふこ

大いなる眼と乳房かな捨て団扇
  藤幹子

8月の週刊俳句、他にも好きな句を挙げてみます。

マンションが日蔭をつくる墓参  小豆澤裕子

蝿捕器すうつとながき死がつづく
  しなだしん

間男のやうにテントを這ひ出しぬ
 しなだしん

目隠しのくすぐつたくて西瓜割
  しなだしん

カーテンの折り目の固き帰省かな
  岡本飛び地

新米に桃色の箸通りけり
  岡本飛び地

女子大に避雷針ある昼寝覚
  岡本飛び地

稲妻に枝分かれある祖母の嘘
  岡本飛び地

三つほど羽の破れてトンボかな
  岡本飛び地

夜の部の始まつてゐる金魚かな
  たかぎちようこ

掬ふとき金魚もつとも濡れてゐる
  たかぎちようこ


岡田一実 銀の粉 10句 ≫読む
松本てふこ フジロックみやげ 12句 ≫読む
小豆澤裕子 踏ん張る 10句 ≫読む
小川楓子 その窓に 10句 ≫読む
しなだしん なんとなく 10句 ≫読む
岡本飛び地 病室 10句 ≫読む
たかぎちようこ めし 10句 ≫読む
高山れおな 昨日の明日のレッスン 46句 ≫読む
〔ウラハイ〕
松本てふこ コミケに行ってきました 10句 ≫読む
藤幹子 あれを好く コミケ想望句群 10句 ≫読む
〔投句作品〕
湊 圭史 ギンセンカ 8句  ≫読む
すずきみのる げげげ 10句  ≫読む
俳句飯 秋より遠 5句 ≫読む

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