【週俳5月の俳句を読む】
水にまつわる物語
五十嵐義知
寝台車夏の冷たい人の手が 佐藤文香
水に包まれるという記憶があるとすれば、海やプールで潜水した時の記憶であろうか。 ―光りが差し、水面も近くに見えるのに、もうこの水中からは抜け出せず、光りの届かない冷たい水の底に落ちてゆく。その瞬間に手や足が何かを摑みあるいは蹴り、勢い水面に姿を現す。―
眠っている間に移動するという寝台車の利点はそれとして、夜の暗闇の中を走る車両は、さながら深い海の底を走るようでもあり、普段は見られない深夜の駅舎の様子を窓から覗いてみたくなるということはないだろうか。
音を立てないようにカーテンを少し開け窓の外を覗こうとすると、向かいの席のカーテンの隙間から人の手が伸びている。腕を取り寝台の中に押しやろうとすると、その腕が思いのほか冷たい。弱いとはいえ冷房が入っている車内、むき出しの腕は冷されてしまったのであろう。冷たい手を寝台の中に戻された人は、水に包まれた夢の中から目をさましたのである。
第264号
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第266号
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2012-06-10
【週俳5月の俳句を読む】五十嵐義知
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