【俳誌を読む】
豆の木の人々
『豆の木』No.16を読む ……しなだしん
半年ほど前から、こしのゆみこ代表にお誘いいただき「豆の木」の句会に参加している。「豆の木」目白句会はいわゆる「作る句会」である。会場へ行き、席題を出し合ってそれを片っ端から作る8題の席題句会を1日3ラウンドする。「こっぱみじん」「すっきり」「もったり」「海酸漿」――、ある日の席題はこんなふうだ。三々五々集まり始め、会場のテーブルをロの字にするわけでもなく、なんとなく各自定位置的な席に収まり、ホワイトボードに書かれた席題を確認し、作句しはじめる。
この句会で特筆すべきは「豆の木」の人々の「面倒くさがり度」である。特に清書を極端に嫌う、コピーを取りたがらない(この句会では数人が清書し、コピーして配るというスタイル)。何をやるにもジャンケンで決める。ジャンケンで負けることは面倒なことをやる事なのである。「この句会は作句以外は本当に面倒くさがり…」とは、齋藤朝比古氏の的確な言葉である。この気質はきっと、こしの代表の気質に起因していると思われる。
さて、雑誌「豆の木」の発行は年一回。癖のある同人による作品10句と自由欄で構成されている。No.16の作品を自由に鑑賞してゆきたい。
はつゆきや紙をさはつたまま眠る 宮本佳世乃
雪はどこか眠気をさそう。上五で「はつゆきや」と切れていること、「眠る」からは、外は初雪で、作者は室内にいる状況だろう。この句の紙は具体的になっていないが、白い紙の質感と「初雪」が室内外を越えて繋がっているような感覚にとらわれる。
作者は2011年第17回20句競作豆の木賞を作品「光を運ぶ」で受賞しており、この16号に受賞作が掲載されている。表題句〈鷹わたる光を運ぶ鏡たち〉は作者の詩的でやわらかな特徴を表した一句といえるだろう。ちなみに「豆の木賞」の賞品は、こしの代表の陶芸作品と、しばらく同人からちやほやされることらしい。
小走りの人を見てゐる寒さかな 矢羽野智津子
小走りの人が寒そうなのではない、小走りの人を見て寒さを感じた作者である。「師走」という言葉も頭を過ぎり、感覚としては新しくはないが、実感がある。
ちなみにこの作者は句会でも常識的であり、率先して清書もする人である。
ひとさしゆび雪の扉をひらきけり 山岸由佳
「雪の扉」とは雪の降っている外へ出るための扉、ほどの意味だろう。ひとさしゆびが押したのは最近よくあるタッチ式の自動ドアかもしれない。「ひとさしゆび」「雪の扉」というのはやや詩的すぎる語彙を使っていて、この句が俳句に留まっているのは「けり」止めの効用だろう。
菜の花の海を開いて進むべし 遠藤 治
「菜の花」は海を連想させる。この句は「海」が見えている景を詠んでいるわけではなく、菜の花畑を海に見立てているのだが、その先には海を想像させることに成功している。「進むべし」には意思と期待感がある。
魚島をとほくに母の母らしく 大石雄鬼
「魚島」は主に瀬戸内海で、晩春、鯛などが外海から産卵のために内海に入る時期、海面が魚群で盛り上がり島のように見えることをたとえていう。この句は鑑賞しにくい句であるが、今回の16号の中でも気に入った句のひとつ。「母の母らしく」は言えそうで言えない。帰省した息子に、厨に立ってかいがいしく手料理を拵えている「母」の後ろ姿を想像した。
先頭のマフラーものすごく長い 近 恵
「マフラーものすごく長い」という一種のだらしなさが句の作りからも感じられる。「ものすごく」という口語調の語彙もここでは魅力。上五の「先頭」という設定は分かり易くはあるが、ベストの選択かはやや疑問も残る。
新涼や幅跳びの砂均されて 齋藤朝比古
砂場が均されているというのは既視感がないわけではないが、「幅跳び」の砂場というのが目の付けどころ。季語「新涼」から、砂のやや湿った、ざらざらとした感触が想像される。
くちづけのたびに水鳥たちの水脈 月野ぽぽな
映画『テルマエ・ロマエ』ではないが、東洋人の平べったい顔同士のくちづけはやはり絵にならないが、この句の制作場所が、ニューヨークのセントラルパークだとしたら、一気に洒落た景色になる。「水鳥たち」という俳句では甘い表現も気にならなくなる。ニューヨークの乾いて寒い冬に「水脈」は長く連なっているのだろう。
老酒と蒸し鶏と毛皮夫人の嘘 中嶋憲武
「毛皮夫人」と題された連作10句の1句。ブラックでどこかコミカルな舞台のような句。胡散臭さの中に真実の泪も存在するのが、舞台ではなく生身の人間が生きてゆく性かもしれない。
他に16号の印象句を挙げる。
話しかけないで実むらさき零れる 室田洋子
にんげんをくすくす笑ふ螢かな 吉田悦花
万緑や人が人である希望 吉野秀彦
にせものの妹にほんものの耳 上野葉月
風上に男を立たす凧遊び 大田うさぎ
天高し待つときの犬三角に 岡田由季
祝日の風鈴市に着水す 小野祐三
衛兵の銃をがちやりと春立つ日 菊田一平
時の日のトイレにありし青い空 こしのゆみこ
冬菫探しに街へゆくつもり 古城いつも
幸運の女神のごとく蛸逃げる 嶋 一郎
映画あびるやうに蝉あびるやうに 高橋洋子
木枯らしや笑うと怒られそうな街 峠谷清広
水葬の如く蒲団に溶けてゆく 内藤独楽
秋はすっぱし空色の窓ガラス 三宅やよい
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俳句誌「豆の木」No.16号
2012年4月21日発行
発行「豆の木」
代表 こしのゆみこ
頒価1000円(送料共)
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2012-06-02
豆の木の人々 『豆の木』No.16を読む しなだしん
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