林田紀音夫全句集拾読 223
野口 裕
てのひらに他人のぬくみある芒
昭和五十七年、未発表句。芒をさわった我が掌を他人のぬくみと感じたようにも、握手でもして別れた人の感触が残った掌を感じつつ芒原に出てきたようにも受け取れる。指し示すところが不分明と切って捨てるのは簡単だが、自と他を取り持つ芒が質感をともなって立ち現れるところ、奇妙に印象に残る。ある意味、季語の効用を十二分に利用している。
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柿の木に手が出て夕日までとどく
昭和五十七年、未発表句。おそらく、柿の木の枝が手のように見えたのだろう。二階の窓のような高所から出した手が柿の木から出たように見えた、というのもあるように思えるが、構図が凝りすぎている感もある。
いずれにしろ、夕日に触りそうな手は読者を愉快にさせてくれる。夕日は負の象徴だろうが、それに届く手はある種の理想でもあるからだ。
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地球儀にない故里をまた探す
昭和五十七年、未発表句。巻末の年譜に、「大正十三年(一九二四年) 八月十四日、旧朝鮮京城府並木町に生まれる(本名 甲子男)。」とあるのを、思い出す。また、「昭和三年(一九二九年) 父の転勤に伴い、広島、東京、名古屋に幼児期を過ごす。」ともある。軽く書かれた句だが、本人にとっては感慨深い句であるだろう。
ただし、伝記的な事実を抜きにして鑑賞しにくいのも確かである。紀音夫自身にも発表する気はなかったであろう。
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2012-07-22
林田紀音夫全句集拾読223 野口裕
Posted by wh at 0:03
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