〔俳コレの一句〕
写生に徹したところが逆に 太田うさぎの一句
近 恵
寿司桶に降り込む雪の速さかな 太田うさぎ
この句は太田うさぎさんの句の中でもとても好きな一句である。この句を初めて見た時に、故郷の雪の日のことを思い出した。雪は積もり始めはすぐに解けてしまうのだが、そのうちに触れるものの表面を冷し、積もり始めるとあっというまに一面白くしてゆくあの景色。後の雪掻きの事を思えばどんよりとなるが、どちらかというと心弾むような感覚だった。
どうということのない景色である。表に出した寿司桶に見る間に雪が降り込んで、朱塗りの桶の内側をどんどん白くしていくというだけのこと。色の対比が鮮やかな、心情を省き写生に徹している句。しかしその写生に徹したところが逆に状況や心情を浮かび上がらせる。
寿司桶を表に出すということは、親戚などが集まるなどしてみんなで寿司をつまんだのであろう。けれど食べ終わって洗って表に出したその寿司桶にずんずんと雪が降り込む、それをじっと見ているという行為からは明るい心情を全く感じない。外は寒く、空は低く重たく、雪はあっという間に寿司桶を白くしてゆく。その光景を思い浮かべる時、辺りに広がる雪景色ではなく寿司桶だけをじっと見ているその行為が、ぼんやりとして何かそこに気持ちが全くないようなそんな感覚を受ける。ともすれば、全部消してしまえとすら思っているかのようでもあるのだ。
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2012-07-08
〔俳コレの一句〕 写生に徹したところが逆に 太田うさぎの一句 近恵
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