く、く、くろい
油布五線句集『蘚苔類』を読む
西原天気
部屋を片付けていたら、『蘚苔類』 という句集が出てきました。著者は油布五線。知らない俳人です。
というか、この本、知らないんですけど?
奥付には、1964年4月30日発行、発行:河原発行所、製作:中央公論事業出版、とある。
覚えがない。買った覚えもなければ、誰かからもらった覚えもない。誰かから借りたのか? とすれば、ひじょうにまずい。返さずに借りっぱなしということだから。
箱入り。箱も表紙もデザインはシンプル。黒に近い深緑に書名と著者名だけが入る。
見返しが朱色、薄く透ける白い和紙、モスグリーン。凝ってます。オシャレです。
なんで、この部屋に、こんな句集があるのか。わけがわからないまま、ページをめくる。
たはごとや芒はなびくばかりなる
これが一句目。
春燈や言に窮して泣いてみする
下六にコクがあります。
束縛やある夜金魚の昇天す
ん? ただならぬ雰囲気が漂い始める。
泪ごゑ春よりほかに季節なし
声、ことば、というか言辞というか、人が口から発するものが多く句に登場する。「歯の浮くごとき言」「忘るる言」「泣言」「幾言」「酒席の言」「あはれにつよき言」「返す言葉」「話す」「論ず」「蔭口」。そのいずれにもネガティブな感情が絡みつく。
ことばの不幸がちりばめられた句集?
油布五線という俳人が、どんな人なのか。調べれば、ある程度のことはわかるのだろうが、とりあえず、読む。調べない。油布五線のことを知っている人が、この記事を読んだら、教えてくださるだろう。それで私は充分。
さて、さて、句集『蘚苔類』であります。
冬日あまねく脱税犯として立てり
風邪ながし憎む男に使はれて
奉公や阿片の桃をむさぼれる
隷属や落ちて地に鳴る硬貨あり
あまり楽しそうではない。そこここに怒りがある。禍々しくさえある。失望のトーン。
資本家と労働者が見える。油布さんは、どうも、前者ではなさそうだ。
吝嗇や芸者に汗の手をからます
しづかに暑し吾が入りしとき話やむ
わー!
この二句が並ぶ見開きを、どう読めばいいのか。
「俳句の正しい読み方」から逸脱する不謹慎を覚悟で想像を膨らませれば、ケチな社長か役人(きっとハゲでデブ)の芸者遊びの図。無粋な野郎だ。すぐに触ろうとする。汗っかきだから、気持ち悪いこと、このうえない。
油布さんは接待役で、このスケベ社長の行状を苦々しく見ているのか? それとも、油布さん自身が「汗の手をからます」のか?
次の句。場面は変わり、職場だ。昼休み、持ち場に戻ると、同僚たちのおしゃべりがぴたと止む。
なんか、くろい。
本もくろいけど、句も、くろい。
確実に桜を無視し歯車廻る
この句集の流れで読むと、この「歯車」は、どうしたってブツではなく、譬え。
蜜柑の汁思ひつめたる顔にとぶ
灼くる日の気ちがひぐすり味をもたず
ううむ。
安価なる泪に酔ひて金魚死す
またもや金魚は死んでしまった。
良民にあしたはなしと苔咲けり
「苔」が出てきましたね。隠花植物っぽさ、全開です。ちなみに句集名の「蘚苔類」は、語としては登場しません。句集全体で蘚苔類ということのようにも思えてきます。
花は造花の出世に眼くらみし男
俳句で「花」といえば桜、だなんて、平和なルールは、ここでは通用しません。くそくらえ、花。くそくらえ、造花。くそくらえ、出世。てなものです。
人情や空がひろくて五月なり
ああ、ほっとします。一年のうち一日くらいは平穏で幸せな日がある。
と思っていたら、
奸計や五月もっとも笑顔多し
ですか。
ああ(溜息)。
蟾蜍弱きものには惨忍に
氷菓どろどろどいつもこいつも下の下の下
ほんと、まっくろです。どすぐろいです。
精虫にかへらむ霧に誘はれ
自暴自棄?
そして、この句集の掉尾、最後の二句は、こうです。
雪柳みんないい人やさしい人
冬の日がこんなに私をてらすのです
……。
なんというラスト。
俳句は、基本的に、ピースフルでヘブンリーなもの、とつねづね言ってきた私です。それからすれば、こんなどすぐろい句群、俳句じゃないし、楽しくないし、ということになるのですが、読んでみて、どうだったかというと、これが、まあ、自分でもびっくりですが、とてもおもしろい。
あ、この「おもしろい」は広義です。為念。
俳句は幅広い。禍々しいもの、どすぐろい感情、憎悪、怒り。いわゆるネガティブな感情を盛るに適さないこともない。俳句は、じつに器が広い。ふところが深い。そんなことを思ったですよ。
なお、この本を私に貸したぞ、という方、いらっしゃいましたら、恐れ入りますが、ご連絡ください。
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