【週俳10月の俳句を読む】
ラストシーンのような
笹木くろえ
をととひの人体並ぶ欠伸の忌 忌日くん
遺体安置室。ステンレスとリノリウムの世界。一昨日は不審死ラッシュ。混み合っている。検視医は休む間もない。入れ替わり立ち替わり刑事が入ってくる。およそ楽しくない報告が淡々と、延々と続く。空中に放たれたはずの無数の欠伸の影が、解剖台の下に積って行く。
色鳥の夢から木の実摘み出す 佐藤りえ
鳥の夢の中に入り込んでゆく細い指。この夢の色合いは明るい。美しい鳥、木の実は赤くて、指は白い。一方、摘んでいる自分の周りは暗い。自分も夢の中にいるのだ。夢の中の夢。絵本のような、温もりのある世界を見せてくれる。
晩秋の机を取れば広くなる 手銭 誠
大きい家具を除ければ空間があく、ということだけが書かれている。それでいて、机を除けた後の床の凹みや、日焼けあとなども目に浮かぶし、あったものが二度と戻ってこないという喪失感が迫ってくる。ぽつりと下五に置かれた「広くなる」の寂しさが、晩秋によく響いている。
三つ四つ棗齧ってから笑ふ 草深昌子
棗を三つ四つ。少しばかりつまんだというところだ。ここの時間経過が絶妙である。本当は笑える心境ではない。そこを短い時間で切り替えて、微笑んで見せた。この人物の内面の複雑さを表現して巧み。この場面の前後をつい想像してしまう作品だ。
月光の入り来るらし耳の穴 飯島士朗
光は直進するもの。不思議な事に、ここでは柔らかく曲線を描いているように感じる。月光に抱かれているようだ。月光とひとつになって、恍惚としているというのがこの作品の印象。洞=人体=暗と、月光=明との融合という、ドライでモダン、とても幻想的な月夜の風景。
国道を旅するこころ蚯蚓の死 西原天気
ただの干乾びた虫の死骸、ではない。旅ごころと死。流離とか浪漫とか空想が広がる。ミクロマクロの対比が鮮やか。空が大きい。年老いたガンマンのロードムービーのラストシーンのようだ。或いは「関の弥太っぺ」か。
第285号 2012年10月7日
■忌日くん をととひの人体 10句 ≫読む
第286号 2012年10月14日
■佐藤りえ 愉快な人 10句 ≫読む
■手銭 誠 晩秋の机 10句 ≫読む
第287号 2012年10月21日
■草深昌子 露の間 10句 ≫読む
第288号 2012年10月28日
■飯島士朗 耳の穴 10句 ≫読む
第284号 2012年9月30日
■西原天気 俳風昆虫記〔夏の思ひ出篇〕 99句 ≫読む
2012-11-10
【週俳10月の俳句を読む】笹木くろえ
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