2012-11-04

2012落選展 10 神山朝衣 声影 テキスト版

2012落選展 
10 神山朝衣 声影 

残雪の輝きを踏みつくしたる
薄氷はそろそろ水にもどりたく
皺の手を掴む皺の手あたたかし
早春のひとの呼吸を聴いてゐる
土筆あり影のなき日は影となりて
のぞきこむ眼のつややかに蕗の薹
春泥も涙のやうにしたたるか
雨風や蓬を育てたる小径
こゑごゑの日日薄れゆく春の塵
花樒母となりても怖きもの
すがる子の鼻のひんやり春の雷
ともだちの名をゆつくりとはつざくら
春の風邪コップを三度濯ぐ癖
一羽づつ雲となりたる朧かな
永き日やミニカー未だ並べてゐる
自転車の背中流れに青葉影
目が合ふとしばらく語る蜥蜴かな
音もなく掃きつづけたる木下闇
歌うたふ子や夏蝶に嫌はれて
大勢に待たれてゐたる夏帽子
虫買つて虫を鳴かせて提げてゆく
法師蝉その日の水の翳りたる
夫のさしたるしわしわの秋日傘
芋虫のつぶやくやうに食みてをり
書を立てて折目の深し蔦紅葉
人の子を叱つてもみし花臭木
秋の蠅の死中国の壺の中
犬の名の長きを呼びて爽やかに
秋蝶の生れるとひらく蕾あり
初冬や子の問ひかけをそのままに
炉を開きその日の音を込めはじむ
熊を見る熊に見られてゐる間
幼稚園の廊下は狭し枇杷の花
日向ぼこ夫とはちがふ畳み方
空色の都電に乗つてクリスマス
マフラーの中で少しく唄ひたる
湯豆腐や今日宇宙より戻り来し
埋火に聴く島唄のファルセット
幼子の関西弁や河豚食うて
押入に編棒いくつ毛糸編む
煮凝や器ひとつで充ち足りて
落葉降る吾子を預けて来たる坂
枯れ色に咲く花のあり冬の晴
山茶花や見えざる声の鳴きをはる
風呂吹や眼鏡のかほに慣れてきし
鳥を呼ぶ冬木や昨夜の雨落とし
晴天のほのかに白し寒雀
子の頬の枕につぶれ雪兎
冬蜂を吹いてきらりと光らせて
母と行く道どこまでも葱畑


2 comments:

ハードエッジ さんのコメント...

注目句
芋虫のつぶやくやうに食みてをり  神山朝衣
母と行く道どこまでも葱畑     神山朝衣

柏柳明子 さんのコメント...

全体的に共感し、何度も読み返した
とても好きな作品群でした。

◆特に心魅かれた句

一羽づつ雲となりたる朧かな
すがる子の鼻のひんやり春の雷
目が合ふとしばらく語る蜥蜴かな
歌うたふ子や夏蝶に嫌はれて
虫買つて虫を鳴かせて提げてゆく
日向ぼこ夫とはちがふ畳み方
マフラーの中で少しく唄ひたる
風呂吹や眼鏡のかほに慣れてきし
母と行く道どこまでも葱畑

自然な発見が自然な言葉&季語として
表現されているので、あともう少し
独自の形で世界や対象へ踏みこまれると、
もっとコクが出てきそうだと感じました。
(自戒を込めて)