2013-09-08

朝の爽波83 小川春休



小川春休




83



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十一年」から。今回鑑賞した句は昭和六十一年の夏から秋にかけての頃の句。八月前後ではなかろうかと思われます。八月には、鎌倉笹目に住む伯母が死去していますが、体調のことなどで葬儀に参列できなかった模様。〈ぽろぽろこぼし飯食ふも〉とは、もしや自身の病後の姿を詠んだものでしょうか。「青」二月号から連載開始の「枚方から」、八月号はこんな感じでした。そういえば、「童子」の大きな句会に出た際、締切時間よりだいぶ早く投句を済ませて清記用紙や選句用紙の配布などの手伝いをしていたら、「青」出身の先輩が、「もっと締切時間ぎりぎりまで句を見直した方が良いのではないですか」と指摘してくださったことなど思い出されます。
 句会でも吟行でも必ず締切時間というものがある。
 締切時間とは単に投句を締切る時間、句会が始まる時間ぐらいに軽く考えている向きが多いように見うけられるのだが、果たしてそれでいいのだろうか。
 締切時間とは私にとっては大変厳粛な存在であり、それに至る最後の三十分ほどがその日の勝負を分けてしまう、乗るか反るかの決定的な時間と言える。
 殊に吟行会の場合などそれが顕著であって、その日句帖に書きとめた二十句か三十句のうち、最終的に句会に投じる句と言えば、殆どが最後の句から数えて三分の一ぐらいのうちの句という結果になっている。
 一方では、締切時間をタップリと意識しながら、今日その地に着いてからあちこちを歩いて、在るがままの自然を忠実に写生して句帖に書きとめた句を、いま一度、一句一句点検しながら己の心にタップリと「問いかけ」をしてゆく。(後略)

(波多野爽波「枚方から・締切時間」)

行々子殿に一筆申すべく  『一筆』(以下同)

「殿」は貴族や江戸時代の大名などだけでなく、現代においても組織のトップ、社長などにも使われる語。殿に諫言をしたためようというこの人物、行々子が巣を作る沼沢・河畔の近くに住んでいるようだが、いかにも人付き合いの苦手な一徹者の風貌が目に浮かぶ。

虫干のぽろぽろこぼし飯食ふも

梅雨明け、特に土用の晴天の日を選んで、衣類や書物を陰干しして湿気を取り、黴や虫の害を防ぐ。暑い時期のことでもあり、量によってはなかなか骨の折れる作業。干し終えるとほっと一息ついて気が抜けてしまうが、ぽろぽろ飯をこぼすとはかなりの脱力ぶり。

逃ぐる子を臭木の花に挟みうち

山野に自生するほか庭木としても植えられる臭木だが、さて掲句の追いかけっこの舞台は庭か山野か。逃げ回る子の前に立ちはだかり、とおせんぼするかのような臭木。独特の臭いと枝葉のボリューム感とがありありと想像されて、何とも懐かしい句だ。

出穂の香や蟹が出てくる物語り

手は鋏に似て、歩き方は横歩きという特徴を持つ蟹は、猿蟹合戦などの昔話で子供たちにもお馴染み。掲句の「物語り」では、親から子へ語って聞かせている、という景が目に浮かぶ。実った穂が垂れ、黄金色に輝く田からは、毎年嗅いだ稲の香りが漂ってくる。

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