自由律俳句を読む 55 天坂寝覚〔1〕
馬場古戸暢
馬場古戸暢
たくさん雪降るまちに母おいて来た 天坂寝覚
いま住むこのまちには、雪はそんなに積もらない。雪空を見上げると、おいて来てしまった母のことを想わずにはいられないのだろう。もっともこの母はおいて行かれてしまったのではなく、吾子を送り出したつもりでいるはずである。
うそつきになって会いに行く秋雨 同
誰へうそをついたのか、どんなうそだったのか。とにもかくにも、お前に会えればそれでいいのである。秋雨に降られるうそつきの後ろ姿は、なかなかに格好よかったことだろう。
眠れない口からものがたりこぼれた 同
母の口から昔話がこぼれているのか、女の口からその半生がこぼれているのか、それとも自身の口から空想がこぼれているのか。いずれにせよこれは独り言ではなく、ものがたりを受け止める誰かが必ずいるように思う。
夏の色の舌出して拗ねてる 同
女の舌ととっても、子供の舌ととっても、愛らしい句。夏の色とはしかし真っ赤だったのだろうか、それとも、かき氷のブルーハワイ色だったのだろうか。
猫が出て行った影に入る 同
「猫を追い出してしまった影に入る」ではないところに、淡々とした雰囲気を感じた。真夏の日中に、こうした影はありがたい。
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