【八田木枯の一句】
行春や涙をつまむ指のうら
太田うさぎ
桜が満開となるとああ春も終りだなと思う。
ひとつの季節から次への移ろいは春夏秋冬いずれにも情感があるけれど、過ぎ去る春を惜しむ心持というのはまた一入ではないだろうか。日毎に昼は長くなり、地には百花繚乱、Tシャツの夏がすぐそこまで来ていても、人は春愁にくれたりするのだ。いや、もの憂しの思いはそんな季節にこそ深まるのかもしれない。
行春や涙をつまむ指のうら 八田木枯 (『夜さり』)
古典的情緒に溢れた句だ。恋の句と捉えてさしつかえないだろう。女の目から零れ落ちるひとつぶの涙。その涙をハンカチで押さえるのでも指で拭うのでもなく、そっとつまむ。それをするのは自分自身かそれとも傍らに寄り添う男なのか。実際には涙を抓むことはできない。出来ないから余計にこの表現の浪漫的な色合いが濃くなる。
涙のふくらみと指の裏の弧、二つの曲線があたたかく触れ合う。指先の涙のつぶは暮春の光をやわらかく湛えて宝石のようだろう。王朝の恋などに思いを馳せてしばらくうっとりするのも永日の一興に相応しい。
2015-04-05
【八田木枯の一句】行春や涙をつまむ指のうら 太田うさぎ
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