自由律俳句を読む 93
高沢坡柳〔1〕
馬場古戸暢
高沢坡柳(たかざわはりゅう、1886-1976)は、岐阜生まれの自由律俳人。塩谷鵜平の門をたたいて後、碧梧桐第二次全国行脚の鵜平庵俳三昧に参座。高島寂三らと「俳藪」を再興した。以下では数句を選び、鑑賞したい。
ゆく春の家深く竈あり女の顔白く 高沢坡柳
まだ寒さが残る季節の、古い家の様子を詠んだものだろう。この女は病がちな気がするが、いかがだったか。
腑におちぬ顔のほぐれた髪につく風花 同
若い女性の「腑におちぬ顔」は、とにかくかわいい。さらにほぐれた髪と風花があれば、もはや言うことはあるまい。
行く秋のこれからの道を石にたずねる 同
この場合の道とは、人生そのもののことか。石に何かをたずねる人は多くあったが、そうした景が詠まれるようになったのはいつごろだろうか。
干柿の甘くなる里へ山越えるこのみち 同
ここでの里は、自身の故郷のことのように思われる。もうすぐ干柿が甘くなる季節。楽しみな帰省となった。
枇杷の花客ありて陶の白さを拭く皿 同
枇杷の花と陶磁皿の白さが浮かび上がってくる句。夕闇の中で、こうした白さを拭いていたい。
2015-05-17
自由律俳句を読む 93 高沢坡柳〔1〕 馬場古戸暢
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