〔ハイクふぃくしょん〕
雨のウェンズディ
中嶋憲武
『炎環』2014年3月号より転載
ちょっとさー、電球買って来てよ。寝てばっかりいないでさー。寝てばっかりのばっかりに力の籠った言い方。おかんに言われて、もそもそと起きる。昨夜は呪詛の言葉を吐き続けながら眠った。夏休みの間、彼とはラブラブだった。と思っていた。それが突然何の前触れもなくサドゥンリー別れようと言われた。訳わかんない。どうしてホワイ別れなきゃならないの。言葉は空しいだけで現実は断崖だ。彼はさっさと去った。わたしは奈落に落ちた。
うじうじ考えるのは嫌だ。でもうじうじ考えてしまう。先週の土日は台風。今週も台風。ぽつぽつ雨の中、透明な傘を開いて国道沿を歩く。傘を伝って流れる雨粒を目で追っている。なんか末期症状だ。どうして。この言葉だけがさっきから浮かんでは消えている。いらいらする。
ショッピングモールは広過ぎて、売場まで歩くのも億劫だ。不必要に発光している場所が、きっと電球売場ね。わたしにとってはパジャマであるジャージのまま来てしまったけど、最早そんな事を気にしている場合ではない。六十ワット球を買って帰るのだ。でもなんでこんなに種類が?電球の色だって電球色、昼白色、昼光色と三色あるし。聞くのも面倒。店員に聞いても納得行く説明してくれそうもないと思うな。この店じゃ。そういうのを四文字熟語みたいので何て言ったっけ。猫に小判?馬耳東風?ちげーよ。わたし、バカだもん。わっかんないっ。だいたいルーメンて何?四万時間も持つの?この電球。四万時間って、どのくらいなんだよ。一個二千円くらいするし。おかんがくれたのは千円だ。一体いつからこんな事になってんだよ。フツーのはないのかな。いらいら。
わたしの持っていた分を足して電球一個買った。傍にいたパートっぽい中年のおばさん店員に聞いて、六十ワット相当の電球を買った。電球一個入っただけの白いポリ袋を提げて、激しくなってきた雨の中を歩く。傘の縁にバイクの音が近づいたと思うと、かれんちゃんとわたしを呼ぶ声がした。チョロ助さんだ。顔つきが意地悪なリスっぽい感じなんで、みんなにそう呼ばれている。なんか暗くない?チョロ助さんに見破られちゃった。そう、暗いの。わたしはいった。しょうがねえなあ。そんな袋提げて。何それ?電球だよ。電球?一個?資源のムダだろー、一個くらいで。バーカ。バーカ、ゴミ捨てる時に役に立つんだよ。ヴァーカ、屁理屈こねてんじゃねーよ。バカバカいってるうちに激しい雨になった。乗れよ。どっかでコーヒー飲もうや。わたしはドラマだったら、こんな時海に行くんだろうなと思った。失恋、雨、海という流れだ。ありふれている。でもそれが人生というものだから。
チョロ助さんのスクーターに乗って、たどり着いたところは国道沿の自動販売機のズラッと並んだスタンドだった。チョロ助さんの買ってくれた紙コップのコーヒーは、カルキ臭かった。もう一度来る大きな地震の前に、恋を成就させておきたかったのに。トタン屋根に雨音がうるさい。
つけつぱなしの家電の売場九月尽 丹間美智子
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