【八田木枯の一句】
犬の眼にも降りつづく雪生き悩む
太田うさぎ
犬の眼にも降りつづく雪生き悩む 八田木枯
『汗馬楽鈔』(1988年)より。
第一句集『汗馬楽鈔』には雪の句が非常に多い。どれくらい多いかというと、収録された235句のうち30句が雪の季語を用いているのだ。優に一割を超えている。あとがきで自身が述べているように「青春の炎中であった」二十代の作品に雪の句がこれほど並ぶのはなかなか興味深い。
その詠まれようは”青春”という言葉から単純に連想される明るさ或いは抒情には遠く、また後年の木枯調ともいうべき虚をはらんだ内容でもない。「賛美歌をもみ消すごとく雪降れり」、「今日の幸は今日忘れゆく雪堕る音」などなどシビアで息詰まるような句が連なる。
この句もそう。何しろ「生き悩む」だ。ふつう俳句では回避されそうな表現に真正面から向かい合っている。昭和二十年代の若者の心情が伝わってくるようだ。
底なし沼のような葛藤が口を開けて雪を呑み込んでゆく。雪は止む気配もなく、悩みには答えがない。
そして、傍らには犬。雪を見つめる静かな動物と悩みの坩堝にある人間の姿とが対照的だ。この大人しげな犬に達観した気配と優しさを感じるのは私の犬贔屓のせいかもしれないけれど。
生き悩むことは若さの特権なのだ。やがて世間とも自分とも折り合いをつけて暮らすようになる。そういうものだ。人間だけでなく、時代もきっと。
2016-01-24
【八田木枯の一句】犬の眼にも降りつづく雪生き悩む 太田うさぎ
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