【週俳1月の俳句を読む】
賑やかな新年詠
守屋明俊
ロードムービー始まる鷹の目玉より 今井 聖
鷹の鋭い目は作者自身なのだろう。この一年さまざまな出来事に遭遇したり、さまざまなことを起したりするだろうが、それを乗り越えて進んでいこうという、新しい年を迎えての作者の気構えが窺える。映画の一ジャンルである「ロードムービー」から、そう思った。「鷹の目玉」が象徴的。
山神の削り花とは女陰の毛 谷口智行
女陰の毛とは、めでたい。「削り花」は小正月の飾りもので、東京の檜原村辺りでは粟棒稗棒という。粟、稗など作物を祈る農事の呪物である。ぬるでの木の枝を薄く細く削り、花のように縮らせたものを山の神へ捧げるのだが、その縮んだものが女陰の毛だと作者は詠む。女陰(ホト)は秀処で、秀でたところ。山の神は山中の小高いところに棲む不思議な妖怪で、一年の幸せを願う農民にとっては救いの神。一句全体から新年のめでたさが表現されている。
喜びの米といふありこぼしけり 山西雅子
「喜びの米」は大分県国東半島での自然農法の米銘柄「喜び米」であるらしい。喜びの米がこぼれて溢れ、輝いているのは如何にも新年に相応しく、巧く「喜びの米」を斡旋したなぁと思う。句に力があり、そこから季感が滲み出ている。
浚渫船雪のプラットホームまで 斎藤悦子
川などでよく見られる浚渫船であるが、それが雪のプラットホームの間近まで迫っている。そしてその浚渫船も雪を被っているという、映像的に魅力のある一句。雪が無ければ多分、唯の川浚いの船と通勤途上のなんでもない駅のホームであった筈なのに。雪が作者を引き寄せたのである。幻想的で美しい。
元気でもさうでなくてもお元日 依光陽子
「元気でも」と「さうでなくても」が対等に並べられているけれど、「さうでなくても」が後に出てきている分、作者は元気でもないのだと思わせる元日の句。
大晦日までの疲れもあるし、元日はめでたい句を作るぞという気合そのものがまた疲れを呼ぶ。元日を迎える心は喜び一色ではなく、むしろそれ以外の色であることの方が多い。
食積や駅伝テレビついたまま 本井 英
「食積や」は御節を戴いている作者の営為。後の「駅伝テレビ」は見たり見なかったり、惰性で点いているという状態である。「つけたまま」でなく「ついたまま」という表現がそれを物語っている。正月を家で過ごす時の一風景であり、多くの家庭がそうであるかのような錯覚に陥る一句だ。その正直とも言える平凡な暮らし振りがいい。
初日さっと白湯マグカップにどっと 金原まさ子
「さっと」「どっと」の韻律の躍動感。一年はこうして始まるのかと思うと、初日も、初めて沸かした湯も、疎かに出来ない。私のような覇気のない人間には何とも眩しい生き方だ。
罰としてそのまま鏡餅でゐよ 西原天気
鏡餅への親近感に溢れた作品だ。「罰として」の強引さが一句を引っ張っている。罰を受けるような悪事を働いたわけではないが、この鏡餅は「そのまま鏡餅でゐよ」と、鏡開きの機会も与えられない。そういう設定のメルヘン、茶目っ気。鏡餅は心臓の形とも、蛇がとぐろを巻いている形ともいわれている。つまり、生命そのものだから、作者が近しく思うのも頷ける。勿論、そんな理屈を言わなくても面白い新年の一句である。
うろくづのうすももいろの淑気かな 安里琉太
「うろくづ」は魚であり、魚の鱗。沖縄辺りの色彩豊かな海の幸を想像する。「淑気」までの平仮名が綺麗で、こういう作り方の句は世に沢山あるので驚きはしないが、でも一気呵成に「淑気かな」へ収めた形の良さ、「う」音を重ねた調べの良さは出色と思った。
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水仙の夜風にぱつと立ちにけり 今泉礼奈
1月の作品「顔の高さ」より。眠れない夜は夜風に当たりに行くのだが、外は暗いし寒い。だから白い水仙が咲いていたとしても、それが見えるかどうかは甚だ心許ない。掲出の句の水仙は、多分、街灯などの明かりが少し射していたのだろう。夜風に吹かれ俄かに立ち上がった。べたっと地面に倒伏していた水仙か。そうでなく、整然と立ちながらも心持ち休めの姿勢の水仙だったのか。否、実際の姿形ではなく、心象としてぱっと立ち上がったように見えたのか。いずれにしても、「立ちにけり」の強い断定が水仙を、作者の心を、大きく震わせ、読者の前に水仙を立たしめている。
ケーキ詰めて箱やはらかし冬夕焼 今泉礼奈
組立式の紙のケーキ箱。組み立てたときの硬さに比べ、そこにケーキが詰められたときの感触は意外や柔らかい。そう捉える作者の視点と感性に注目した。只の物質としての箱が、鮮やかな色と匂いのするケーキを幾つか詰められただけで、ケーキと一体となった柔らかさを持ち始めた。その手の感触と「冬夕焼」の取り合わせに違和感はなく、消えしなの朱と青の夕焼け色が心を和ませる。
2016-02-14
【週俳1月の俳句を読む】 賑やかな新年詠 守屋明俊
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