2016-04-10

【週俳3月の俳句を読む】オアシス 月野ぽぽな

【週俳3月の俳句を読む】

オアシス

月野ぽぽな


犬の墓訪ふは草笛手の中に  渡部有紀子

お墓を訪ねるときに何を持って行くだろう。供花それから故人の好きなものか。掲句では、愛犬のお墓を訪ねるときは草笛を手に持ってゆく、という。そこから想像がふくらんでゆく。かつて愛犬が生きていた頃、イメージとしては、気持ちの良い初夏の散歩道、草木の葉を手にとっては吹き鳴らし、愛犬はそれをとても喜んだ。〈草笛手の中に〉の措辞に機微がある。草笛は草木の葉にくちびるを押しあてて吹き鳴らすものであり、手の上にあり、まだ吹かれていない葉が草笛であると知っているのは、これから吹くつもりである、と知っているその手の持ち主だけだ。お墓に着いてから、愛犬に聞こえるように吹いてあげようと思っている句中のその人の気持ちが見えてくる。そうだ、手の中の葉が草笛だと知っているのは、もう一人、いやもう一匹いた。その愛犬も草笛の音を楽しみに飼い主の訪問を待っていることだろう。


草餅やビルからビルの影へ出て  永山智郎

春の陽光あふれる日、その気力を浴びようと戸外へ出る。しかし、ビル街の中では、ビルを出てすぐにその陽光に出会うことはない。まずはビルの影の中にでるのだ。この都会の事実が、〈ビルからビルの影へ出て〉という韻律豊かな詩となった。そこで句中のその人が手にし食したものは、〈草餅〉。小さいけれど、口にした途端に凝縮された春の野の恵みが体いっぱいに広がる。コンクリートジャングルの中に居ればなおのこと、この〈草餅〉はオアシスそのものと化す。


漬物の張り付く小皿涅槃西風  西川火尖

〈漬物の張り付く小皿〉がなんともいい。小皿にあらかじめ供されたものかもしれないが、イメージとしては、大勢の席に出された大盛りの漬物をそれぞれが小皿にとるという感じ。〈涅槃西風〉がそう思わせるのだろう。この風は別名彼岸西風、彼岸の頃に吹く、春の始まりを告げる風。彼岸のころは家族・親戚などとの集まりも多いことだろう。人を言わずに人を読み手に伝えるのも俳句の面白さの一つ。〈涅槃〉の言葉が極楽浄土を思わせ、この漬物のひとひらが何か神々しいものにも見えてくる。



渡部有紀子 あがりやう 10句 ≫読む
永山智郎 硝子へ 10句 ≫読む
西川火尖 デモテープ 10句 ≫読む

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