2016-04-17

【みみず・ぶっくすBOOKS】第5回 ロジェ・ミュニエ『北斎画でめぐる四季の俳句』 小津夜景

【みみず・ぶっくすBOOKS】第5回
ロジェ・ミュニエ『北斎画でめぐる四季の俳句

小津夜景


これまでさまざまな国や場所で北斎と遭遇した。大きな美術館ばかりでない。予算のなさそうな小さな美術館にも飾ってあったりする。いま住んでいる自宅の斜め向かいに市立美術館があり、そこは本当に誰も人が来ないような鄙びた空間なのだけれど、やはり『北斎漫画』が3冊展示してある。

まれに春画にも遭遇する。いちばん衝撃的だったのは今から十数年前、アムステルダムの中心に建つ最古の教会で開催された「OPEN THE HEART」という企画展でのこと。この催し、たまたま前を通りがかったついでに覗いてみたら(場所柄無料だったので)世界の春画をずらりと並べたというすごいシロモノだった。

「あれ? オープン・ザ・ハートっていうくらいだからキリスト教の歴史とか、慈善活動とか、福祉事業とか、そういう展覧会かと思ったんだけど違った? え? え? うわ、すっごーい!」と思いながら一枚ずつ観てゆくと、いきなり出くわした北斎の春画。これが本当に繊細で、他の国の作品をその場でぜんぶ忘れてしまうくらいおもしろい。自分以外にもたくさんの人が北斎の前で足をとめてなにか喋りあっている。

北斎ってほんと人気あるなあ。たぶん世界からいちばん高い評価を受けている日本人なのだろう。仮に琳派や歌麿が芸術や文化の愛好家にとって価値あるものだとするならば、北斎はその次元にとどまらず「人間のなしうる認識の極北を具現化した」とか「芸術性と科学性との交わる一点を切り剖いた」などと謳われるくらいのポジションにいるのだ。こうした地位にある画家はレオナルド・ダ・ヴィンチくらいしか他に思いつかない。

さて。今週紹介するのは〈イマージュの古典〉というシリーズの一冊にあたる『四季の俳句』という句集。フランス国立図書館所所蔵の北斎版画が挿し絵となった贅沢な本である。またそのせいで価格設定もいくぶん高めなのだが、本屋に行けばいつでも手に入るので売れ筋のアンソロジーなのだと思う。このシリーズから俳句の本は3冊出ており、とりあえず一冊買ってみたら、期待していたより良く、くつろげる雰囲気。

本文100頁。価格は19,90€=2400円。
本体は布張り(北斎の絵の部分は紙)。


まず句の選択に人の偏りがない。江戸時代の俳人を中心にまんべんなく採られている。さらに北斎とのバランスもなかなか。


句は一茶「犬どもがよけてくれけり雪の道」。わんこの柄のデザインがすてきすぎる。


句は太祇「冬木枯や雀がありく戸樋の中」。ほっぺの模様がかわいい。



句は樗良「飯時や戸口に秋の入日影」。絵は文房四宝を入れる箱と、紙と、赤い毛氈と……ふたつの花器? でも文具箱とおそろいの組紐がついているから、机まわりに関係した小物なのかもしれない。そうだとしたら、いったいなんだろう…。


蕪村「しぐるるや我も古人の夜に似たる」。この絵はこれから手紙の返事を書くところ、かな? 花や花器の描線に達人特有のわがままさがほとばしっている。


梶原芭臣「天も地もなしただ雪のふりしきる」。これは海外でたいへん有名な句。翻訳しやすいからだろうか? ちなみに英訳は、

no sky
no land just
snow falling

こんなの。〈no〉の三連打がもうたまらなくビート派詩人っぽい。あと芭臣は没年が不明なので、そんなところも外国の読者のロマンをそそるのだと思う。

今回はこれでおしまい。それにしてもこの本「生活まわりの小物」や「趣味としての自然」に関連した挿し絵がやたら多く、またそれらの見せ方がいちいち洒落ているせいで「都会的な江戸ライフ」を紹介する、ちょっとしたモノカタログみたいだった。こういうイラストを眺めながら俳句を読んでいると、俳句もまたアール・ド・ヴィーヴルとして欠くべからざる作法の一つのような気がしてくる。

最後にこの文章のはじめに書いたアムステルダムの話に戻るのだが、今思い返しても春画展に「OPEN THE HEART」というタイトルをつけるベタな趣味はどうかと思う。もうすこし垢抜けたひねりがあってもよさそう。無論こうした展覧会をヨーロッパ指折りの教会で、なんのラジカリスム的文脈を企図するでもなくごくふつうにやってしまうオランダ人の無宗教性自体は、超マリファナティックで感涙ものなんだけどね。




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