2016-06-12

【句集を読む】春はクリームパン 中山宙虫句集『虫図鑑』を読む

【句集を読む】
春はクリームパン
中山宙虫句集『虫図鑑』を読む

西原天気


カバーのグリーンは、虫がたくさん棲んでいそうな色。ただし、この本に虫の句がとりたてて多いわけではありません。俳号から来たタイトルでしょう。「図鑑」の少年期的・ジュブナイル的ワクワク感は、この句集全体を貫くトーンのひとつ。

判型は小ぶりな新書サイズ(103×172mm)。掌への収まりがいい。

本文は、活版印刷。

近年はほとんど見なくなった活版活字。目で見た懐かしさとともに、指の腹でさわれば、インクのうっすら盛られた独特の感触が味わえます。




活版印刷の句集は数少ない。管見の範囲で、閒村俊一『鶴の鬱』(2007年/角川書店)、『拔辨天』(2014年/角川学芸出版)、毛呂篤の数々の句集(≫こちら)、永島靖子『袖のあはれ』(2009年9月/ふらんす堂)。同人誌『晩紅』もそうでした。もちろん他にもあるのでしょうが。

例えば『拔辨天』の大きくて重厚な活字(≫こちらのブログ記事・参照)とは違い、軽やか。著者あとがきの追記に「ファーストユニバーサルプレスのみなさんが一文字ずつ拾い上げてこの句集は出来上がりました。(…略…)人の手で作り上げられた文字たちが呼吸をしているようです。僕の俳句の世界をこの文字たちが少なからず支えてくれるのではと密かに思っています」とあります。

さて、収録句へと話を進めましょう。ページ順に、気ままに。



もっと濃くなる青野にひとは追いつけぬ  中山宙虫(以下同)

人間(=私たち)が追いつける事象は存外少ないですね。意識や表現を超えてさらに濃くなる青野。


つま先から雨に濡れる夜枇杷は実に

湿度充分。足もとと頭上の枇杷の垂直。



紫陽花が濃くなるティンパニーの連打

それほどページを置かずに「濃くなる」ネタが出てくる。青野の句が概念把握(追いつけぬ)との取り合わせなのに対して、こちらは鮮烈な音との照応。二物に因果はないが(俳句の基本)、色(赤や紫)と音色が眼と耳に同時に届く(俳句の効果)。



なーるほどトム・ソーヤなんだ猫じゃらし

このあたりの語り口は作者独特だろうか。ライトヴァース的な軽みに猫じゃらしの軽量がよくマッチする。それにして「なーるほど」とは! なつかしいマンガの吹き出し、なつかしいテレビドラマのワンシーンのようじゃないですか。


焼き栗をむいて偽医者かもしれぬ

憎めない。


太刀魚を捌き明日から宇宙戦争

レトロフューチャーの感触は、太刀魚効果? あるいは俳句効果。下の7音がのどか。あ、この音数効果もありますね。


やわらかい雨を見ている雛を見ている

対句は、技巧ではなく、率直でシンプルな気分が、こうさせたのでしょう。感傷的でロマンチックな句も多いです、この句集。


秋色の東京父として歩く

中山宙虫さんとは、私が俳句を始めてまもない頃からの知り合い(住むところが離れているので、最初はネット上の知遇)。出張かなにかで東京を訪れた際に息子さんと会うこともあったようです。この句のシンプルさが実感、正直な実感を伝えます。

しんみりした、いい句。この句集の中にあって、この句集の主調に属するかといえばそうではないし、宙虫調かといえば、そうではないけれど、こうしたスタンダード曲のような句も、句集の幅や充実に大きく寄与する。



代書屋がたたまれ猫が恋をする

うちの近くだと、運転免許試験場のそばに立ち並んでいましたが、もうずいぶん前に軒並み店じまい。廃屋と化しております。猫の恋には、最適の場所。

「たたまれ」「する」と、動詞ふたつ、対句的な構成です。「をする」は、ある人に言わせれば冗長かもしれませんが、これが持ち味。軽みが(悪い意味じゃない)弛緩を伴って、読む人を和ませる。



桜三分厚切りにする明日のパン

今日食べるのではなく明日。フレンチトーストの仕込みなら、そう、厚切りがよろしいです。それにしても桜は主食(コメやパン)とよく合いますね。色のせいでしょうか。平和やめでたさのせいでしょうか。


バックミラーにいまふるさとが夕焼ける

おっと、これは感傷的過ぎるかもしれませんよ。でも、泣き所も必要。



ものしずかなくらしに雪がまぶしいぞ

ちょと骨太に「ぞ」締め。このあたりは、宙虫さんが所属する「麦」の麦調を感じます。



とろろすする生物兵器かもしれぬ

物騒。


波とおく夜を重ねるちゃんちゃんこ

重ねる(他動詞)がクセモノっぽく、句に微妙な雰囲気をもたらしています。


河口まで春はさみしいクリームパン

これ、いいなあ。この作者の牧歌的なスウィートネス、感傷を含んで甘美、心優しく平穏な作風がよくあらわれた句。河口まで歩く。クリームパンはリュックか鞄の中にあると見た。春=さみしいクリームパン、と等式的に読み、「なんだかわかる」句。


人として浮いて水母に囲まれる

晩夏の海で立ち泳ぎ。



秋風や歩いて埋まる人類史

歩くことはだいじ。この句集は、よく歩いている。歩くという動作があるのではなく、ね。



九五〇ヘクトパスカルこすもすはいま静か

かなり大きな台風。近づきつつあるというニュース。でも、まだ無風(まさか台風の眼という句ではないでしょう)。「こすもす」のひらがな表記で、なよなよ感が極まる。


雲は秋ベッドで動くのどぼとけ

艶っぽい句は、この句集に多くない。この句も、そのように読み取る必要はないのかもしれません。のどぼとけ(喉頭隆起)はもっぱら男の持ち物ですし。「雲は秋」の開放感もあって、あっけらかん。



ケルン積む人間霧を来て霧へ

かっこいいフレーズが「ケルン積む」できちんと現実に定位した。



旋律はラフマニノフなのに雪

ラフマニノフはピアノ協奏曲第2番が有名。出だしは雪っぽいと思うのですが、作者にとって、ラフマニノフと雪は「なのに」関係。



赤ワイン春はあけぼのなどという

夜通し飲んでいたわけです。高いワインではなく、赤玉ポートワインあたりのほうが「春あけぼの」感があります。このふわーっと気持ちのいい感じ、なんなんでしょうね。俳句の不思議、シンプルさの不思議。



想い出をすてれば部屋は蟬ばかり

想い出を捨てそうにない句集です、『虫図鑑』は。

捨てたら、蟬しか残らない。だから捨てないのか? あるいは、あえて捨てる、というのでしょうか?

視覚と聴覚に強烈に訴えてくる句。前半が強烈とは対照的に口語的なやわらかさに満ちているだけに、よけいに。


というわけで、1冊、楽しませていただきました。

この中山宙虫句集『虫図鑑』(2016年4月/西田書店/装幀笠井亞子)は、書店やネットで販売しないようです。頒価も記載がない。造本から装幀から中身まで1冊まるごと愛らしい。気取ったところがなく、カジュアルなやさしさに満ちた、この句集、土手の草むらに座って、ほおばって、「あっ、おいしい」とひと息つくクリームパンのような、この句集。手にしてみたいという方は、中山宙虫さんにアプローチしてみるといいかもしれません。


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