〔今週号の表紙〕
第488号 郵便受け
福田若之
録音された自分の声を聴くとどこか妙な心地がするものだけれど、それと同じようなことかもしれない。自分が撮ったものを見ていると、なんとなく、あのとき僕の見ていたものはこんなものじゃなかったはずだ、という気がしてしまうのである。
わずかに残されたかつて住んでいた家の写真も、おおかたはそのようなものだった。けれど、そのなかで、この一枚だけは、僕の記憶を乱しはしなかった。白い、郵便受けの写真。これはたしかに僕が住んでいたあの家だ。白い塗料がところどころ剥げた階段の手すり、和室の天井の板に浮き出ていた人の顔に見える木目、ムクドリが巣をつくっていた戸袋、ほそく白くあの家の重量をささえているとはとても思えなかった大黒柱、風呂場のタイルのところどころ黒いシミの残った継ぎ目、そして、幼い頃、悪い子どもを食べてしまう恐竜が潜んでいると信じていたあの部屋に、いたずら好きの僕はよくひとりで閉じ込められたものだった。
こんなふうに書くとまるでひどい家だったみたいだけれど、実際、引っ越すころにはぼろぼろになっていたけれど、そのとき、僕にはそれらすべてが愛おしかったのだ。そうした極めて個人的な記憶の数々を、この一枚だけは僕に許してくれているように思う。
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