2016-09-18

あとがきの冒険 第8回 ゾンビ・マツオ★バショー・ヘッドスピン 森晶麿『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第8回
ゾンビ・マツオ★バショー・ヘッドスピン
森晶麿奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』のあとがき

柳本々々


森晶麿『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』(イラスト・天辰公瞭、スマッシュ文庫、2011年)という小説がある。江戸に突如あふれだした屍僕(ゾンビ)と〈イケメン芭蕉〉とその弟子の〈男の娘・曾良〉をめぐるライトノベルだ(ちなみに今回はネタバレを含みます)。

「逝きかう人」芭蕉の旅は幕府から命を受けての「おどろ歩き」のゾンビの謎をさぐる旅だった、という大きな筋立てがあるのだが、ゾンビを「屍僕(しぼく)」と呼ぶことからもわかるように、ゾンビ=強制労働者=僕(しもべ)というゾンビの古典的アウトラインも踏襲されている。

ところでどうして芭蕉と曾良がゾンビ文化のなかに投げ込まれたのだろう。この作品の発端が描かれている「あとがき」を引用してみよう。
 まあ、そんなわけでーー芭蕉さんも今回、蟹さんからも逃げてますが、そもそも僕が最初に「おくのほそ道」やりましょうよって話した段階ではファンタジーやるつもりだったんだけど、編集のIさんに送った別の小説が怪奇モノだったからIさんのなかで何らかの化学反応が起こったらしいのです。 僕は僕でその頃、「もしも僕の好きな人がゾンビになったら」っていう命題について意味もなく考えている最中で、そんなさなかに電話が鳴り、「森さん、ゾンビ好きですか?」
この「あとがき」で森さんが「もしも僕の好きな人がゾンビになったら」と語るようにこの小説において芭蕉は最終的に幕府が作った〈兵器〉としての〈ゾンビ〉そのものだということが明かされる。
「いやいや、あの男(引用者注:芭蕉)はただの忍びではないぜ」「ただの忍びではない?」「あの男は、その昔、国産の〈花かつみ〉の最後の一片を使って幕府が作った殺人鬼〈屍ノ美(しノび)〉の第一試作なのさ。のたれ死んだ幕府専属の忍びに、群青の花びらを調合して蘇生させた。まあ、ひとつ欠陥があって表立った実用化には至らなかったがな」「……欠陥?」「風景の声が身体に充満すると、途端に使い物にならなくなる」(森晶麿『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』スマッシュ文庫、2011年)
松尾芭蕉には旅の異常な歩行速度などが理由で芭蕉忍者説というものがあるが、『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』ではその〈忍び〉という音節を介して〈屍ノ美(しノび)〉という芭蕉=ゾンビ=人造人間につながっている。また、興味深いことに芭蕉ゾンビは「風景」によって〈兵器〉としては使い物にならなくなる〈欠陥〉も抱えている。この作品では芭蕉にとっての俳句が暴走装置のリミッターのようになっているのだ。そしてそれこそが俳句を詠むことができない「屍僕」=ゾンビたちとの差異でもある。

本作品において少なくともゾンビ化したフランケンシュタイン・モンスターのような現代の〈芭蕉〉を通してわかってくるのは、〈芭蕉〉という表象にはある面とはぜんぜん違った反対の側面を同時に成立させるような表象の対立構造があり(たとえば、静的(スタティック)な〈世界=風景との交信者(チャネラー)〉と動的(ダイナミック)な〈加速度的歩行者(ランナー)〉の対立)、メディアやジャンルの拡張度によってその静的/動的どちらをも物語性にあわせて引き出すことができるのではないかということだ。メディアを「おどろ歩く」表象としてのゾンビ性。

たとえば他のジャンルでいえば、ガチャガチャに「ドウゾー★ブレイクダンサーズ」という銅像をダンサー化したフィギュアのシリーズがあったがそのなかのひとつである「マツオ★バショー」は足を大きく天に向けて開脚しヘッドスピンしており、〈B-boy(ブレイクダンサー)〉としての松尾芭蕉が拡張されている。

松尾芭蕉はメディアを旅するように渡り歩き、そのつどゾンビのように増殖する。わたしはかつて〈芭蕉が「ふたり」に分裂し増殖する俳句〉を眼にしたことがあるが(そしてそのひとの俳句は「噴水の奥見つめ奥だらけになる」の「奥」のようにたびたび《増える》のだが)、じっさい、松尾芭蕉は〈増える〉のだ。

各メディアに応じて、芭蕉の身体はリミッターを解除していくのである。もう、死んでるのに。
死んでるくせに、と朝奈は思ったがそれは云わなかった。死者も生者も、月の光に見惚れて、思わぬ一歩を踏み出すのだ。そうして二人は、木から木へ飛び移り、夜道に降り立つ。闇の向こうから、まだ見ぬ「奥ノ細道」が、そっと二人を手招きしていた。(森晶麿『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』前掲)
あかときの芭蕉がふたりいる柳  田島健一(『オルガン』1号・2015春)


(「あとがき」『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』スマッシュ文庫、2011年 所収)

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