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2017-08-06

あとがきの冒険 第25回 雲雀・恍惚・ブッダ 鴇田智哉『凧と円柱』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第25回
雲雀・恍惚・ブッダ
鴇田智哉『凧と円柱』のあとがき

柳本々々



 句はどれも、それが生まれた年によってでなく、心における前後に照らされて、配置された。
 心は、以前にも以後にもうつる。それは感情に限らず、見える、聞こえる、匂うといった感覚に関しても。ときに心は、未来の出来事を先に見ることでさえ、ある。ーー今のこの出来事は、いつか遠い昔にも見えていたし、これからずっと先にも、また新たに聞こえ続けるだろうーー
 この句集はいわば、心の編年体による。

(鴇田智哉「あとがき」『凧と円柱』ふらんす堂、2014年)
鴇田さんはいつも〈どこ〉にいるひとなんだろうとすごく気になる。この「あとがき」を読んだときにあらためて思った。鴇田さんは「以前にも以後にも」いるし、「未来」にも「遠い昔」にもいる。かと思えば、さいきんの『角川俳句』で鴇田さんはこんなことを書いていた。「今」のことを。
雲雀は私からも、雲雀からも見えていない。また、私は雲雀からも、私からも見えていない。このような状態を、今と呼んでみたい。今とは、我、彼を忘れて充満するものだ。俳句は、今の詩だ。言葉が言葉であることを自覚する寸前にある
(鴇田智哉『角川俳句』2017年6月号)
ここには一般の感覚では発想しない「今」が展開されている。「今」というのはわたしがいま・ここにいてわたしを実感することではなく、わたしがいなくなる、ということすらも、なくなるような感覚が満ちることをいう、らしいのだ。ここに鴇田さんの俳句のコンセプトのようなものがあるのではないかと思っている。言葉が言葉になるぎりぎりの手前、言葉が言葉であることをわすれているような時空間。それが「今」だ。そして、たぶん、その「今」は「未来」であり「遠い昔」であり、「心」でもあるのだ。

  人参を並べておけば分かるなり 鴇田智哉

あえて「あとがき」から読んでみようと思うが、この句の「分かる」は〈なにもわかっていない状態にみちみちている状態〉が「わかる」と感じられるような状態なのではないかと思う。「我、彼を忘れて充満」している状態。「人参を並べておけば」というのは、このとき、〈心の編年体〉に対応する。句集製作として句を編むように、「人参を並べて」いくと、「今」が恍惚とあらわれる。しかし、その「今」をだれも、なんぴとたりとも、知覚することはできない。そしてその知覚不可能性を「わかる」と呼びたい。「わからない」と言えるのは、知覚できたからである。でも、「わかる」は「雲雀は私からも、雲雀からも見えていない。また、私は雲雀からも、私からも見えていない」ような状態にある。

むかし、中山奈々さんが、ブッダが俳句を詠んだらどんな俳句をつくるだろうか、というとてもおもしろい問いかけをしていた。よく、おもいだしては、かんがえる。

鴇田さんのような俳句じゃ、ないだろうか。
 

(鴇田智哉「あとがき」『凧と円柱』ふらんす堂、2014年 所収)

2017-03-05

あとがきの冒険 第24回 穂村弘・関係存在・太宰治 穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第24回
穂村弘・関係存在・太宰治
穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』のあとがき

柳本々々



太宰治『人間失格』には、終わりに「あとがき」がくっついている。これは『人間失格』にとってはとても重要な構造になっている。『人間失格』の主人公は大庭葉蔵であるのだが、その大庭葉蔵の手記を紹介している「私」が「あとがき」に現れることによって大庭葉蔵もひとりの「人間」としてわき役に押しやられてしまうのだ。この冒頭と終わりに出てくる、ちょっとずるい、謎の「私」が書いた「あとがき」を引用してみよう。

この手記を書き綴った狂人を、私は、直接には知らない。(……)「このひとは、まだ生きているのですか?」「さあ、それが、さっぱりわからないんです。十年ほど前に、京橋のお店あてに、そのノートと写真の小包が送られて来て、差し出し人は葉ちゃんにきまっているのですが、その小包には、葉ちゃんの住所も、名前さえも書いていなかったんです。空襲の時、ほかのものにまぎれて、これも不思議にたすかって、私はこないだはじめて、全部読んでみて、……」「泣きましたか?」「いいえ、泣くというより、……だめね、人間も、ああなっては、もう駄目ね」(太宰治『人間失格』)
ここで「私」は大庭葉蔵のことを「このひと」と呼んでいる。「私」にとっては大庭葉蔵は「このひと」くらいの関係性でしかないのだ。わたしたち読者は大庭葉蔵が、「いま自分には、幸福も不幸もありません」と村上春樹『ノルウェイの森』の主人公のような〈どこにもない場所〉にたどりついたのを見届ける。この物語のなかに埋め込まれた「あとがき」によって大庭葉蔵を「このひと」として相対化=関係化するのだ。

大庭葉蔵は『人間失格』においては、「このひと」として終わる。

この『人間失格』が教えてくれるのは、「あとがき」とは〈関係増殖=関係構築の場所〉ではないかということだ。

たとえば、穂村弘さんの『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』の「手紙を装った「あとがき」」である「手紙魔への手紙」を見てみよう。
一体どんな女の子か興味があったし、夏休みに東京に来ませんか、と誘ったら、行く、と云って、いきなり引越して来たのでびっくりした。しかも妹(ゆゆ)と黒ウサギ(にんに)を連れて。
この〈あとがき〉ではタイトルの通り、「穂村弘」が「手紙魔」に「手紙」を書いている。ここではこれまでこの歌集の主人公であった「まみ」が「静かな、明るい女の子」として相対化=関係化される。「穂村弘」にとっての〈このひと性〉として。わたしたちは「まみ」に「穂村弘」という位相を通して出会い、この歌集を終えるのだ。

ここでもひとつの〈関係増殖〉が描かれている。『人間失格』では主人公の大庭葉蔵が「あとがき」で「このひと」として相対化されたが、この歌集においても「まみ」は「あとがき」で「女の子」として相対化される。

そうした〈関係増殖〉を「あとがき」に埋め込むことでいったいなにが生まれるのだろう。それは、大庭葉蔵像や手紙魔まみ像は決して決めうちできるようなものではないということだ。「私」や「穂村弘」にとっては〈そう〉だったが、あなたやわたしにとっては、また、違った位相が、関係構築が生まれるかもしれない。

葉蔵も、まみも、そうした、〈人〉と〈人〉との〈間〉に居続ける存在だということ。《関係存在》であるということ。

その意味で、葉蔵が手記存在であり、まみが手紙存在であることは興味深いと思う。どちらも誰かが・誰かに書いた間(あいだ)的なメディアだからだ。

わたしはかつて「あとがき」とは刻印なのだと書いたことがあるけれど、一方で「あとがき」はまったく逆の役割、そのひとに、いや誰にも刻印を渡せないようにする場所となることだって、ある。

だれも、葉蔵を、まみを、〈こう〉だと決めつけることはできない。ただ、ただ、それを読んだ人間の関係の構築と増殖のしかたがあるばかりだ。

あとがきとは、だれかを、にんげんを、関係を、殖やす現場でもある。

実は大庭葉蔵は「あとがき」において「このひと」とだけ呼ばれていたのでも、なかった。「葉ちゃん」とも呼ばれていたのだ。だから、葉蔵は「このひと」であると同時に、「葉ちゃん」でもある。むしろ、幸福も不幸も喪った大庭葉蔵は「葉ちゃん」として「神様みたいないい子」として『人間失格』を終えるのだ。

わたしはそのことを隠して書いた。わたしは、なんで、隠しちゃったんだろう。

「あのひとのお父さんが悪いのですよ」 何気なさそうに、そう言った。「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」(太宰治『人間失格』)

(穂村弘+タカノ綾「手紙魔への手紙」『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』小学館、2001年 所収)

2017-02-12

あとがきの冒険 第23回 って・途中・そ なかはられいこ『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳 ③なやみと力』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第23回
って・途中・そ
なかはられいこ『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳 ③なやみと力』のあとがき

柳本々々



って、あなたが言ったときに、わたしが言ったのは、

  を越えてたんぽぽいろの今日そして  前原勝郎

という句があるんだけれど、ど、どういうことなんだろう、な、なんで、〈とちゅう〉から始まっちゃったんだろうと言うことだった。あなたも首をかしげる。ど、どうしちゃったんだ、これ。

でも、どうなんだろう。短歌も、俳句も、川柳も、いつも〈とちゅう〉から始まらざるをえないんじゃないかな。これまでたった一句でも、たった一首でも、《初めから始まった短歌や俳句や川柳》があったのかな、これまでで、たった一句でも一首でもいいから、とわたしは言う。さ、さあ、とあなたはいう。どうしちゃったの、そんな話をわざわざ始めて、と。

いったい、どうしたのか。

でも、なかはられいこさんがこんなふうに書いていたんだよ。あとがきでね。

短歌や俳句や川柳のいいところは、どのページを開いても途中がないところです。パッと開いたページに一句が一首がいつでもスタンバイしています。あなたに知ってもらうために。あなたに考えつづけるためのちからを与えてくれるために。
え、とわたしは思う。自分で引用しながら。いや、ここに答えがあるんじゃないかな。つまり、その、いや、わからない。いや。そうだ。どこにも〈途中がない〉わけだよね。〈途中がない〉からいつでも〈始める〉ことができる。どんなときでも。どこにいても、なにをしていても。

だから、この短詩をめぐる〈途中性〉が、わたしたちがいつでも・どこからでも・だれといても・はじめることができる〈途中のなさ〉としての唐突さをかかえてるんじゃないかな。人生は、とつぜんやってくるんじゃないの。人生って言っちゃったけど。短詩においては。「を越えてたんぽぽ」のように。

あ、そうなのかあ、とあなたは言う。そうなのかなあ。どうなのかなあ。でも、あなたも、まんざらでもない顔をしている。まんざらとは、なにか。そういえば、あとがきの冒険じゃなくて、まえがきの冒険になるけれど、長嶋有さんがこんなまえがきを書いていたよ。
俳句と短歌と川柳はすべて少しずつ異なる「やり方」だけども必ず共通していることがある。それは「わざわざ言っている」ということだ。(長嶋有「しれっと、すまし顔で」『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳 ③なやみと力』ゆまに書房、2016年)
だから、うーん、短詩とは、「わざわざ」口にだした言葉なんだ。言わなくてもいいことを。そして、言わなくてもいいことだったのに、「わざわざ」言ったからこそ、「わざわざ」始まったんだ。そういうことだと、思う。とつぜん、途中からね。わざわざ途中をつくったんだよ。途中のクリエイターなんだ、短詩って。ハイパー途中クリエイター。

いったい何を言っているの、と私は言う。

でも、まあ、もう春だし、わたしは次第に落ち着き始める。あなたも落ち着いてきて、だまって、あるきはじめる。わたしたちはどんどん激しく落ち着き始めて、そ
 
(なかはられいこ「この本を手にしてくれているあなたへ」『 大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳 ③なやみと力』ゆまに書房、2016年 所収)

2017-02-05

あとがきの冒険 第22回 ぽの不渡り・通貨ぽ・希ぽ望 田島健一『ただならぬぽ』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第22回
ぽの不渡り・通貨ぽ・希ぽ望
田島健一『ただならぬぽ』のあとがき

柳本々々


田島健一さんのこんなあとがきから、はじめたい。

俳句が俳句であることは難しい。
田島さんの「あとがき」を読んでふいに思ったのが、〈エネルギー対価〉の問題だった。田島さんは、俳句の〈エネルギー対価〉について考えつづけているひとなのではないかと。

俳句というのは実は無償でつくられているわけではない。なにかのエネルギーを支払って、なにかを費やして、なにかを失って、つくっているのだ。そして「俳句」は「俳句」になる。

だからときどきその支払いがとどこおり、遅延し、督促を受け、けっきょく、支払えずに、「俳句が俳句であること」に失敗したりもする。〈俳句の不渡り〉がでる。
俳句を書いてきたけれど、書いたものは、常にかけがえのない出来事だったと言えるだろうか。
「書いたもの」に対する〈エネルギー対価〉。それは「かけがえのない出来事」たりえない可能性もある。
これまで書いてきたものは、結局書けなかったものの堆積なのかも知れない。
「書いてきたもの」は「書けなかったもの」と等価になる。だとしたら、わたしたちがなにかを〈書く〉ということは、同時に、〈書かない〉ということでもあり、シーシュポス神話のように積んでは・崩されるむなしい〈積み上げ〉作業になるかもしれない。

わたしたちは「書いてきたもの」の対価として「書けなかったもの」を支払う。

書けば書くほど、書かないことがたまり、わたしたちは〈ゼロ〉に近づく。「ぽ」に小さく付着した○のように。

ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ  田島健一

ここにも対価の発想があるかもしれない。「ただならぬ海月」「光追い抜く」に付着する「ぽ」。この「ぽ」は、発話に対して支払われたものかもしれない。意味に支払われた非意味。意味をゼロにするために、「書けなかったもの」にするために支払われる対価としての「ぽ」。「ぽ」はもしかすると、通貨になる。

もし、「ぽ」が対価や通貨になるのであれば、それは〈たんなるぽ〉ではない。「ただならぬぽ」である。そして「ただならぬぽ」は、わたしたちをその「ぽ」の○のように、ゼロにちかづける。ただならぬゼロ。

私は2014年の冬に下北沢のイベントで田島健一さんのことばに耳をすませていた。田島さんがこんなふうに言ったことをよく覚えている。

  わたしたちの経験は、未来にある。

「書いてきたもの」は「書けなかったもの」と等価なら、まだ「書けないもの」は、「書かれたもの」として未来にあるはずだ。それが、未来の、未来からの現在への対価になる。

だとしたら、ええと、ぽ、そうだ、

希望は、ある。

息のある方へうごいている流氷  田島健一

(田島健一「あとがき」『ただならぬぽ』ふらんす堂、2017年 所収)

2017-01-29

あとがきの冒険 第21回 檻・鬱・認知行動療法 川合大祐『スロー・リバー』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第21回
檻・鬱・認知行動療法
川合大祐『スロー・リバー』のあとがき

柳本々々


川合大祐さんの句集あとがきから始めよう。
ずっと檻の中にいた(比喩です)。この世界を憎んでいた(比喩かどうかは不明)。……川柳句集のあとがきなのに、病気の話ばかりで気が引けるが、僕は、病気が好きである。そしてたぶん、自分が、自分の川柳が好きである。
この川合さんのあとがきには〈病〉と〈定型〉の関係とはどういったものかというテーマの一端が端的にあらわれている。川合さんにとっての〈病み=闇〉は、「ずっと檻の中にいた」ことであり、「この世界を憎んでいた」ことも含まれていたと思うが、しかし、〈定型〉とは、もしかすると、「ずっと檻の中にい」ることを引き受けてしまうことかもしれない。比喩、として。

もしそうだとすると、「病気が好き」で、「自分の川柳が好き」になるということは、「檻」=定型の〈意味〉そのものをとらえ直し、受容し直すことにも関わってくるかもしれない。

たとえば。

瓶詰めの天国ならぶ忌忌忌忌忌  川合大祐

この句は、「忌」をさらに続けようと思えば、舞城王太郎さんの小説の壊れた人間たちのように〈続けられる〉句である。

瓶詰めの天国ならぶ忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌

と、してもいいのだ。しかし、その〈病的過剰性〉をくい止めたのは、ほかならぬ定型である。下五には、5音までしか入らない。いくら続けたくても、過剰に、病的に、饒舌になりたくても、キ・キ・キ・キ・キという5音までしかここには入らない。ここで〈過剰性〉を食い止めているのは、〈定型〉である。

社会学者の上野千鶴子さんが、俳句の発話形態についてこんなふうに言及していた。
発話ができない状態の時に表現を可能にしてくれた文学というので、わたしは俳句を「失語症の文学」と呼んできました。(「捨てて、捨てて、捨てきってもなおあふれでた言葉」『尾崎放哉』2016年、河出書房新社)
上野さんとは視点が少し異なるが、〈饒舌なわたし/過剰なわたし〉を食い止めるための〈積極的失語〉をもたらすのも、また、定型である。言葉がなさすぎるところから生まれる〈消極的失語〉としての定型詩もあるだろうが、言葉がありすぎるところから生まれる〈積極的失語〉としての定型詩もあるのだ。そして、それが、たぶん、定型詩だ。

わたしたちは、ふだん、ことばを、《質(クオリティ)》の側面から考えている。それがよいことばかどうか。いいこといったかどうか。うまいこといったかどうか。ひざをぽんとたたけるかどうか。

でも、定型詩は、ことばを、《量(クオンティティ)》からみることを、かんがえなおすことを教えてくれる。いっぱい話しすぎてないかどうか。話し足りなさすぎてないかどうかを。

うつ病治療でも、大野裕さんの認知行動療法が注目されたりしているが(参照:大野裕『最新版「うつ」を治す』PHP新書、2014年)、それはうつ病をなんとなくな〈質(クオリティ)〉から考えるのではなく(きょうはなんとなく元気、なんとなく死にたい)、なにができて・なにができなかったかを〈量(クオンティティ)〉としてノートに検証しながら考える療法だった。たとえばすごくこわいこと・できないことがあったとしても、実は〈認知(思いこみ)〉が問題なのかもしれず、実際ノートに書き出しながらやってみると〈できる〉かもしれない。というより、〈できる・できない〉が客観化され、〈量〉となり、検証できるようになるのだ。そしてその検証によって、認知のゆがみがなおされていく、というより、なおしていく、じぶんで。

もしかしするとそうした〈発話の認知〉を修正する役割が、定型にはあるかもしれない。様式のなかで欲動を考えること。そう、実は、川合さんの句集のコンセプトは〈それ〉である。様式のなかで、定型のなかで、欲動を、病を、過剰をかんがえること。

それは、きちんと、句としても、示されている。様式=「時代劇」のなかで、欲動=「リビドー」をかんがえることを。この句。

リビドーですべてが動く時代劇  川合大祐


(川合大祐「あとがき」『スロー・リバー』あざみエージェント、2016年 所収)

2017-01-22

あとがきの冒険 第20回 斡旋・素手・黒板 樋口由紀子『川柳×薔薇』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第20回
斡旋・素手・黒板
樋口由紀子『川柳×薔薇』のあとがき

柳本々々


川柳を書くことによって、意味がきゅっきゅっと音をたてる。その音を聞きたいために、私は川柳なのだろう。(樋口由紀子「はじめに」『川柳×薔薇』ふらんす堂、2011年)
2017年1月5日『神戸新聞』の「新子を読む 新子へ詠む 時実新子没後10年 〈3〉」において樋口由紀子さんは、時実新子さんの川柳を「何よりも句と作者を重ねようとする読者の習性を逆手にとった言葉の斡旋(あっせん)、組み合わせがうまかった」と評した。

実はこのシリーズの最終回の5回目に私も出させていただいたのだが、その5回目で話した内容は樋口さんのこの「言葉の斡旋」がベースになっている。この「言葉の斡旋」は樋口さんが『川柳×薔薇』(ふらんす堂、2011年)においてすでに書いていたものだ。私はそれを読んで川柳に対する現在の自分の読み方のベースをつくった。今でも何か立ち止まったり悩んだりすると樋口さんのこの本をひらいている。該当個所を引用してみよう。
時実新子の川柳が人をひきつけたのはありのままの思いを吐いたからではない。作品を鑑賞する上で作者と重ね合わせて読もうとする川柳人の習性を逆手にとって、それを有効利用した言葉の斡旋が新子は上手かったのである。(樋口由紀子「川柳における「私性」について」『川柳×薔薇』ふらんす堂、2011年)
私がこの本をはじめて読んだときに強く惹かれたのがこの箇所だった。「思い」を〈読む〉ということは実はなかなかに難しい。おまえにこのひとの思いがわかるのか、と人生をたてにされてしまうこともあるし、みずからの思いを投影=転移しすぎてしまう恐れもある。しかし、〈言葉〉からなら誰でも・きょうから・素手で〈読み〉に挑戦できるのではないか。〈思い〉がない日はあるかもしれないけれど、〈言葉〉がない日はないだろうから。

樋口さんが書かれていたのは、新子さんの〈言葉の斡旋〉、言葉を読者に仲介していくそのパワーのことだった。言葉と言葉が出会うその接合地点を新子さんの川柳はまさぐっていた。

しかし実は言葉と言葉が出会うそのダイナミズムをまさぐっていたのは、まさにこの現代川柳を一望する『川柳×薔薇』という本そのものだったのではないか。

ひとは〈思いの読み〉を通してではなく、〈言葉の読み〉をとおして、みずからの言葉のありかたを開示する。そしてその開示によって、言葉をとおして、新たな言葉がたちあがるのを待機する。あなた、の。
川柳に関わりをもってからもうすぐ三十年になろうとしています。いままで川柳をやめようと真剣に考えたことは一度もありません。体質的に川柳に向いていたのかもしれません。
「体質」とは実は「器質」の問題なのではなく、「言葉」の問題なのかもしれない。「言葉」をわたしがいま・どこで・どんなふうに測位しようとしているのかという、「ことば」のもんだい。そしてその「ことば」は「からだ」にどこでであうのか、という出会い(アクセスポイント)の問題。

ひとつの答え:黒板。
黒板に名前を書いて眠ろうか  樋口由紀子(『容顔』詩遊社、1999年)

(樋口由紀子「あとがき」『川柳×薔薇』ふらんす堂、2011年 所収)

2017-01-01

あとがきの冒険 ゲスト回 会える・会える・会える 安福望

あとがきの冒険 ゲスト回
会える・会える・会える


安福望


会えるときに、会えるのです。
(絵:安福望)

(柳本々々「あとがきの冒険 第17回 時実新子『新子流川柳入門』のあとがき」『週刊俳句』2016年12月11日 所収)

2016-12-25

あとがきの冒険 第19回 生駒さん・杉崎さん・ながやさん ながや宏高『かばん』2016年12月号のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第19回
生駒さん・杉崎さん・ながやさん
ながや宏高『かばん』2016年12月号のあとがき

柳本々々


先日、生駒大祐さんとお話させていただいたときに〈終わり〉をめぐる話になった。そのとき、〈終わり〉というのは〈はじまり〉をめぐる話でもあるんですよね、という話になったと思う。

そうですね、と私は言った。私は立ち上がる。生駒さんが立ち上がったのである。私は階段をのぼりはじめた。急な階段だったのである。ここで転げて、生駒さん助けてください、とはさすがに言えない。手すりはなかった。私は、めまいがした。

そのとき考えていたのは、ひとは、いったいいつ「こんにちは」を言うのだろうか、ということだった。

たとえばもし「あとがき」においてはじめて著者の〈素顔〉をもった言葉にふれうるならば、わたしたちは本の最後において作者から「こんにちは」を言われることになる。歌集や句集の最後で、「はじめまして。わたしです」と。もちろんそれは同時に「さようなら」でもある。「あとがき」でその歌集や句集は終わるのだから。

『かばん』2016年12月号のながや宏高さんの「編集後記」はその意味で面白い構成になっている。文章の九割方、杉崎恒夫さんの短歌をめぐる話が終わったところでとつぜん最後に、
さて、こんにちは、編集人のながや宏高です。
と「ながや」さんが顔を出すのである。「あとがき」の最後において言われた「こんにちは」。しかもこの「こんにちは」にはある特別な意味が負荷されている。

ながやさんの今回の「編集後記」は杉崎さんのこんな短歌をめぐるものだった。

みかん色の灯のつく町に帰りくるこんにちの死をパスした人ら  杉崎恒夫『パン屋のパンセ』

この歌には「こんにちは」ならぬ「こんにち」という言葉が奇しくも歌の終わりに出てくる。この「こんにちの死」を「パス」したところに明日への〈始まり〉がある。〈終わり〉をかいくぐって生まれる〈始まり〉。

ながやさんはこう解説している。
死の可能性がある日々の中で、今日、自分は死なずに生き残ることができた、という実感から生まれた一首なのだと思います。
〈終わり〉を通してはじめてやってくる〈こんにちは〉。その杉崎さんの短歌の終わり=始まり構造は、ながやさんの終わり=始まり構造をもつ「編集後記」に入れ子構造として反復されたのだ。

しかしわたしたちはこの構造に実は非常に〈馴染み〉があるのではないか。わたしたちは生まれてから、本を読むたびに、本の「あとがき」を読むたびに、一冊一冊それを〈経験〉してきたのではないか。

「あとがき」においてはじめて出会えた作者の〈素顔〉に。はじめて言われた「こんにちは」に。

「こんにちの死」をパスした人らの「こんにちはの生」。

あらためて、「あとがき」とは、なんなのだろう。

私は初回に「あとがき」とは未来に向けて書かれた言葉だといった。それを書いてから、私は後に、生駒さんや杉崎さんやながやさんに出会った。だから、今年の終わりに、こんなふうに初回のことばを言い換えてみようと思う。

あとがきとは、たえず遅れてやってくるこんにちは、のことだ。

(ながや宏高「編集後記」『かばん』2016年12月号 所収)

2016-12-18

あとがきの冒険 第18回 辛袋・ひたい加熱・病み主将 吉田戦車『惡い笛 エハイク2』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第18回
辛袋・ひたい加熱・病み主将
吉田戦車『惡い笛 エハイク2』のあとがき

柳本々々


さいきん出たばかりの歌誌『かばん』(2016年12月号)の特集「描く短歌」の特集チーフを務めさせていただいたのだが、刊行されたあとにふいに思い出したのが私が〈絵と短詩〉をめぐる事柄に考えをめぐらせるようになったのは吉田戦車さんの『エハイク』(装幀は祖父江慎さん)がきっかけだったのではないか、ということだった。

この本は、吉田さんのハイク(俳句)に吉田さんのエ(絵)がついた絵俳句集なのだが、たとえば、

  辛袋/ひたい加熱の/病み主将  吉田戦車

という吉田さん特有のシュールな575句に添えて、高熱の主将がレトルトカレー(辛)の袋をひたいにのせてうなされる絵が描かれている。

リーダー・熱・汗・カレーという過剰な〈あつくるしさ〉を含めて、いつもの吉田戦車カラーが遺憾なく発揮されている本だ(たぶん戦車さんのひとつの特徴は、〈必要以上の暑苦しさ〉だと思う)。

この本のいいところは、〈シュール〉とはなにかを考えさせられることにある。たとえばこの句で言えば、「からぶくろ」や「ひたいかねつ」「やみしゅしょう」と造語をつくりだし、《無理矢理》、575に突っ込んでいく。

ところがその《無理矢理》つくられてしまった「からぶくろ」「ひたいかねつ」「やみしゅしょう」はひとつの添えられた絵によって《成立》してしまうのだ。

絵はどんな非合理な言語をも納得させてしまう不思議な説得力がある(それは非言語や非概念をイメージに置換することをギャグに据えた『伝染るんです。』において証明されてきたことだ)。

ということは、シュールとは実は非合理的な言語実験というよりも、先行した合理的イメージだと言えるのではないだろうか。

つまり、わたしたちにはあらかじめ合理的なイメージがあって、しかしそれを言語に翻訳したしゅんかん、〈シュール〉が生まれるのだと。

たとえばわたしたちはなにか難解な句があると、〈実験的〉だと言って説明を終えてしまうことがある。しかしそれがどれくらい〈実験的〉なのかは吉田戦車のイメージレベルを通して一度再考する余地もあるのではないだろうか。絵にしてみれば、うん、そうか、と言えるものでもあるのかもしれないのだから。
たよれる、得がたい相棒と思っているからこそあえていうが「どうでもいいだろうそんなの」と普通の人なら思うようなことに、異常なまでにこだわるのが祖父江慎だ。
読点や鍵かっこが半角になっており祖父江さんから〈わざわざ〉読みにくくされている吉田さんの「あとがき」。祖父江さんの「どうでもいいだろうそんなの」なこだわりが遺憾なく発揮された「あとがき」であり、やはり『伝染るんです。』からお馴染みの〈意味のないあとがき〉である。

「あとがき」において一切俳句にはふれておらず、この本の装幀を担当した祖父江さんの話〈のみ〉に終始して終わる。つまり「どうでもいいだろうそんなの」と「あとがき」で書いた吉田さんの「あとがき」自身が〈どうでもいいだろうそんなの〉が生きられた「あとがき」になっている。

しかし、考えてみれば、吉田さんも祖父江さんも『伝染るんです。』の頃から真剣に〈どうでもいいだろうそんなの〉と向き合い、成立させてきたのである。

そしてだからこそ本書から教わるものは、短詩をわたしたちが読む際に〈どうでもいだろうそんなの〉と一見思うようなことを〈わざわざ〉経由してみる勇気だ。

  奇プランを/光るまなこで/そぶえしん  吉田戦車

短詩を読むときに、どのように「奇プラン」を密輸できるだろうか。

たとえば実験句にみえるような句や歌でもなにかに翻訳したときにナチュラルになってしまうような状況がないかどうかあえて「どうでもいいだろうそんなの」をやってみる勇気がひつようかもしれない。今回の私の記事も「どうでもいいだろうそんなの」と言われるかもしれない。しかし、やってみたのである。

もちろんやったらやったで「どうでもいいだろうそんなの」と言われることもあるだろう。じっさい、私もよくいわれる。でも、そこでめげてはいけない。「どうでもいいだろうそんなの」を続けていると「どうでもいいんだろうかそんなの」と「ん」や「か」をつけてくる奇特なひとがあらわれることがある。

あらわれたら、どうするのか。私も、まだ、そこまではわからない。

(吉田戦車「あとがき」『惡い笛 エハイク2』フリースタイル、2004年 所収)


2016-12-11

あとがきの冒険 第17回 会える・ときに・会える 時実新子『新子流川柳入門』のあとがき

あとがきの冒険 第17回
会える・ときに・会える
時実新子『新子流川柳入門』のあとがき

柳本々々


以前、時実新子さんの直筆の葉書をみせていただたいことがあるのだが、そこには「人は会えるときには会えるのです」と書かれてあった。

私は家に帰るとすぐに勇気のノートにその言葉を記した。「人は会えるときには会えるのです」

時実さんが繰り返し述べていたことばに「一句一姿」というものがある。
川柳はもともと一句一姿(いっし)の立姿です。一句で立ち、すべてを語るものなのです。(時実新子「川柳と生きる」『新子流川柳入門』ネスコ、1995年)
「句」に「姿」のすべてが出るのだ、という考え方。もっと言えば、〈ことば〉から〈姿〉が立ち上がってくるということ。

まず、ことばがあって、姿が決まる。これは「人は会えるときには会えるのです」という先ほどのことば自体もそうである。いい言葉だけれど、なにが〈いい〉のか少し注意深く読んでみよう。まず「会える」が反復されている。「会える」という同じことばが二度反復されることで、〈(わたしの)会える〉が〈(あなたの)会える〉につながっていく。

しかも韻の「る」でも構造的につながっていく。「会える」の「る」はもうひとつの「会える」の「る」とつながりあい、ことばの上で共同体を育んでいく。「会える」という言葉自体が「会える」に出会い、つながりあう構造になっているのだ。

「会えるときには会える」は、まず言葉の構造のなかで〈出会え〉ている。だから、わたしたちは、この言葉を言葉として信じられる。

会えるときには会えるという感情的なメッセージ性を支えているのは実はクールな言葉の構造に裏打ちされているのだ。そしてその両方が揃ってはじめて言説の強度が成立する。

ちょっと時実さんの句を引用してみよう。

  目の前に水晶玉がある逢える  時実新子

  何だ何だと大きな月が昇りくる  〃

  菜の花菜の花子供でも産もうかな  〃

  女が女を見ているとさみしいね  〃

ここにあるのはメッセージ性を支える言語構造、韻による補強である。繰り返される「る」・「だ」・「な」・「み」。新子句はメッセージ性《だけ》をとらえられがちだが、それよりもまして、そのメッセージ性を支える《韻の技術》がある。

新子さんの川柳にとって《韻》とはなんだろう。それは一貫性としての意志なのではないかとおもう。葉書の文言もそうだが、反復されることにより、そこにはじめて語り手の主体と意志がたちあらわれる。姿、が。

ことばから姿がたちあがるとはそういうことなのではないかと思う。韻というシスマティックな言語技術によりながらも、しかしそこをふりきれてあるメッセージ性の同時成立。

あとがきを引用して終わる。
まず私は、「あなた」に向かって一対一でお話しました。私があなたの目から目を外らさなかったように、あなたも私の目を見て熱心に聞いてくださいました。……それがあなたの川柳です。
(時実新子「あとがき」『新子流川柳入門』ネスコ、1995年 所収)



2016-12-04

あとがきの冒険 第16回 コンセプト・ピンク・ビクトリー 山田航『桜前線開架宣言』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第16回
コンセプト・ピンク・ビクトリー
山田航『桜前線開架宣言』のあとがき

柳本々々


山田航さんの現代短歌アンソロジー『桜前線開架宣言』についてはこれまで何度か書いてきたのでこれまでのものとは少し違う話をしてみようと思う。

いつも現代短歌を読むときに、うーんどこから出発したらいいんだろう、と思ったときはこの山田さんの本を取り出してくるのだが、この本の構成でひとつおもしろいのが、各歌人のサブタイトルとしてその歌人の短歌の上の句や下の句を《そのまま》使っているということだ。

たとえば中澤系さんの章のサブタイトルは「理解できない人は下がって」。これは中澤さんの歌である「3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって」の下の句を《そのまま》抜いたものだが、《そのまま》抜くだけでその歌人のコンセプトが《わかってしまう》というのはひとつの〈発見〉だと思う。だから、中澤系さんのコンセプトはたとえばこうだ。《わたしの短歌が理解できない人は下がって》。

短歌というものは、ある一部分を《適切に/恣意的に》抜き出せば、その歌人のコンセプトを一挙に引き出すことができる(場合がある)。それがわたしがこのアンソロジーから学んだことのひとつである。

前回の八上桐子さん達の〈時実新子アンソロジー〉でも述べたことだけれど、アンソロジーには編者の〈偏愛〉がなければ、読者は問いかけられないのではないかと、思うことがある。その意味で、〈編者〉は《偏者》なのである。そして偏愛をもった偏者/編者は読者にも偏愛をもって読んでもらおうとする。偏ってもらうために。そしてその偏りを吟味してもらうために。その意味で、〈偏り〉はあなたの氷った海を砕く斧になる。
要するに私は、読者である我々を大いに刺激するような書物だけを読むべきだと思うのだ。我々の読んでいる本が、頭をぶん殴られた時のように我々を揺り動かし目覚めさせるものでないとしたら、一体全体、何でそんなものをわざわざ読む必要があるというのか?……本当に必要なのは、ものすごく大変な痛々しいまでの不幸、自分以上に愛している人物の死のように我々を打ちのめす本、人間の住んでいる場所から遠く離れた森へ追放されて自殺する時のようなそんな気持ちを抱かせる本なのだ。書物とは、我々の内にある凍った海原を突き刺す斧でなければならないのだ、そう僕は信じている。(フランツ・カフカ「友人オスカー・ポラックに宛てた書簡」1904年)
「頭をぶん殴」り「打ちのめ」し「追放」する〈偏り〉からこそ、いつも新しい地平が生まれるのではないか。わたしたちは〈未来の復習〉をするためにアンソロジーを読むのではなくて、〈過去の予習〉をするためにアンソロジーを読むのだから。

その意味で本書は各歌人のコンセプトをきちんと提示している。だから読者は吟味することができる。中澤系さんのコンセプトはそうかもしれない、そうじゃないかもしれないと。そういう読者のあらかじめの期待を宙づりにしてこそのアンソロジーだとも、おもうのだ。

だからショッキング・ピンクの刺すような色の本書の表紙はあなたを《まずもって》試しているのかもしれない。わたしはこういう本です。偏っています。でもその偏りのなかであなたに感じてほしいものがある。こちらも本気です。読みますか、と。

わたしは読んだ。あなたは、どうするか。

そうだ。あとがきをまだ引用していなかった。だから本アンソロジーの「あとがき」の最後の一文を引用して今回の文章を終わりにしよう。この「あとがき」の最後の一文を読んでいろんなことを考えるはずだ。少なくともわたしは考えた。いろんな《偏り》のことを。「勝ち」負けとはなにかを。「二十一世紀」とはなにかを。アンソロジーは《あえて》あなたを挑発し、試す。そしてあなたに《価値判断》を問う。
二十一世紀は短歌が勝ちます。(山田航「あとがき」『桜前線開架宣言』左右社、2015年 所収)

2016-11-20

あとがきの冒険 第15回 まる・四角・小鳥 『Senryu So 時実新子2013』のあとがき 柳本々々

あとがきの冒険 第15回
まる・四角・小鳥
『Senryu So 時実新子2013』のあとがき

柳本々々


時実新子さんの『有夫恋』を読んでいたわたしが、〈わたし〉というコアをめぐる新子さんの川柳に対する見方が変わったのが、石川街子さん・妹尾凛さん・八上桐子さん発行の『Senryu So 時実新子2013』によってだった。

この小冊子には後記として「私たちが欲した新子70句」と記されてあり、この小冊子が「私たち」の視点から編まれた新子アンソロジーであることがわかるようになっている。それはたぶん「あなたちが欲した新子」句とも対をなしているはずだ。

「あなたたちが欲した新子」句は〈そう〉だったかもしれないけれど、「私たちが欲した新子」句は〈こう〉だったんだよ、と。でなければ、アンソロジーの意味なんてないのかもしれない。アンソロジーはある意味、それまでの固定されたイメージを編み直すことによって断ち切るものでもあるはずだ。

私がこのアンソロジーで新しい視点を感じたのが〈形〉への視線だった。ちょっと引用してみよう。

  たましいのかたちとわれてまるくかく  時実新子

  月を四角と言い張る涙こぼしつつ  〃

  それも百体 人形が目をひらく  〃

これらの新子句で注目してみたいのは、「たましいのかたち」の「まる」や「月」の「四角」、「百体」の「人形」の「形」である。

「まる」や「四角」や「人形」という形を導入することによってまず普遍的なイメージをそこに配置している。これは〈みんなのかたち〉と言ってもいい。ところがそこに〈みんなのかたち〉を導入しながら新子句においては、「とわれてまるく《かく》」や「《言い張る》涙こぼしつつ」や「それ《も》」という〈意志の言葉〉を同時に配置する。

〈かたち〉という無機質なイメージに、〈わたくし〉の意志の言葉を配置すること。この〈世界〉と〈わたくし〉のすりあわせにこそ、新子句の魅力があったのだと思うのだ。

新子さんの句集に『有夫恋』があるが、これは明らかに、新子さんの伝記的事実を参照したくなるようなタイトルである。夫がありながら恋をする身の上とはどのようなものなのか、その心情とは、そして新子さんの人生とは。

それはそれでいいとも思うのだが、ただ新子句にはそうした伝記的事実を参照するだけでは汲み取れない、独特の言葉の配置なり構造がある。その言葉の構造から新しい時実新子像が描けないか。

そんなことを私はこのアンソロジーから「問いつめられ」たように、思うのだ。アンソロジーとは、あなたが「小鳥になるまでの過程」を「問いつめ」るものかもしれない。アンソロジーを読んでいるあなた自身も、また、編み直されるのだ。

  問いつめられて小鳥になるまでの過程  時実新子

(『Senryu So 時実新子2013』石川街子・妹尾凛・八上桐子、2013年 所収)