【週俳12月1月の俳句を読む】
カタカナ
石橋芳山
シュワキマセリ水中のもの不可視なり 生駒大祐
クリスマスの時期によく聞く「ものびとこぞりて」の歌詞のなかの「しゅわきませり」。意味は、「皆さんが待ち望んだ主がきますよ」との讃美歌で広く世間に広く知られている。
「しゅわきませり」でなくて何故、カタカナでの「シュワキマセリ」なのかが気になるのと同時に、クリスチャンでもなく、信仰心のない私には「主」に対する温もりも尊さも感じないものです。
そんな中で、改めて「シュワキマセリ」をみると、温もりのある救世主の「主」ではなく、冷たさが伝わるただの「もの」として受け取られる。
そして畳み込むように、だってあなたは水の中までは、見えていないじゃないかと言い切っている。
これは、カタカナ表記同様に、主は全てを見通せる救世主ではないとの皮肉がこもっていて、それが痛快に感がられて面白い。
2017-02-05
【週俳12月1月の俳句を読む】カタカナ 石橋芳山
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