2017-04-16

【週俳3月の俳句を読む】じわじわと吸い込まれ 近恵

【週俳3月の俳句を読む】
じわじわと吸い込まれ

近恵


4月上旬、東京のソメイヨシノがまだ咲き始めの頃、都内某所の病院前の庭で、庭と言っても立派な木が鬱蒼と茂ったちょっとした散歩道になっているようなところなのだが、そこで鶯の声を聞いた。このあたりで鶯の声を聞いたのは初めてだったけれども、実は鶯は毎年のように来て鳴いていて、それに私が気付いていなかっただけなのかもしれない。


春の夜や湯船に女煙草吸ふ  榮 猿丸

外国映画のワンシーンのようである。例えばフランスの古いアパートメントの一室で猫足のバスタブ一杯に泡を満たし、咥え煙草で入る女。窓の外には春の月。ああ、アンニュイ。絵になるなあ。

映画ではなく以前テレビのバラエティ番組で見たのだが、最近では随分と長風呂をする若い女性などもいるそうで、スマホや本を持ち込むなんて当たり前。湯船に半分蓋をして、それをテーブル代わりに食事までする人もいるらしい。であれば、湯船で煙草も吸うなんてこともあるかもしれない。全然色気ないけど。でもそれだと「春の夜」が生きてこない。となると、高級温泉ホテルの部屋付の露天風呂あたりなら「春の夜」も生きるかもしれない。桧風呂とかの湯船の縁に肘をかけて月でも見ながら、濡れないようにやっぱり咥え煙草なんだけれども。

けれど、やっぱり映画のワンシーンのような猫足のバスタブであってほしいな。その方が画として俄然美しいと個人的には思ったりするのである。


けさらんぱさらん黒くない外套を着て  佐藤智子

子供の頃、いわゆる「ケサランパサラン」と呼ばれるものを見たことがある。おそらく何か植物の綿毛なのだと思うのだが、結局何か解らないままだった。ツチノコブームの頃に同様にUMAとして取り上げられたせいもあって流行っていたのだが、なにかとりとめのないようなものだった。その白くてよく解らない「ケサランパサラン」は、幸せをもたらしてくれるという噂だった。

この句は「けさらんぱさらん」で切れているので、その下の「黒くない外套を着て」というのが「けさらんぱさらん」の事なのかそれとも作中主体のことなのかは読みが別れるところだと思うが、前者であれば当たり前の「けさらんぱさらん」の説明となってしまうので、やはりここは後者だと読む。黒い外套は暗くて重い。黒くない外套であれば何色でもいい。少しは気分も軽くなるだろう。そんな気分と「けさらんぱさらん」の存在はとてもマッチしている。軽やかな事も、色によって左右される気分にも。それに何より「けさらんぱさらん」という言葉のリズムが軽くて明るくて気分がよいではないか。


麥の秋しづかに尿を野は溜むる  丑丸敬史

向こうの麦畑を眺めながら立ションでもしているのだろうか。普通はトイレか、そうでなくともいささかなりとも隠れたところでしそうなものだが、これは野に向かって放尿されているので、まあなんとも解放感のある放尿シーンである。放出された尿はじわじわと吸い込まれ野に溜まってゆく。そんな風にして、野に放たれた尿が地下に吸い込まれ、野の内側にどんどん溜まってゆき、そのうち少しずつ濾過されて。。。と、水の循環を思うとき、野に放たれた尿もいつしかどこかの亀裂から湧き出て川になり雨になり水道水になり。。。それが水の循環の理とはいえ、具体的に想像するとちょっと気持ち悪いかな。


春風やタケコプターを借りてゆく  伴場とく子

気分的には春風で私も飛んでゆきたいところなのだろうと思う。しかしもし風で飛べるとしたなら、それはすでに春風などではなく突風とか竜巻とか、殆ど自然災害級の話だ。やはり春風では自分は飛べない。だからタケコプターを借りて飛ぼうというのだろう。しかし残念ながらドラえもんが空想の産物である以上タケコプターの実物だって存在しない。だからタケコプターを借りてゆく気分なのだろうと思うしかない。そこでふと考える。それであれば虚構の飛び道具などなしに自分に飛翔能力があると思ったっていいはずなのだ。タケコプターで飛べるなら、羽根がなくても重力とか関係なしに飛んだっていいんじゃないか。けれどもそうせずにタケコプターという道具を借りてゆくという。もっと自由でもいいはずなのに、道具を、しかも借りて。そこに私は作者の屈折した気分を感じる。


ゆるやかにウォーターゲームの水温む  木田智美

「ウォーターゲーム」ってなんだと思いネットで調べたところ、なんとも懐かしい水中輪投げや三目並べ等がヒットした。あのおもちゃが「ウォーターゲーム」という名前だったのか。1980年代にヒットしタカラトミーが力を注いでいたとか。最近ではポータブルタイプもあるらしい。当時の箱の注意書きには水は腐敗するので1週間から10日で交換するようにある。なるほど。水は入れっぱなしではいけないのである。日なたに放置すれば藻とかも発生するに違いない。

さて、この句であるが、「ゆるやかに」というのがどの程度の時間経過を想定した「ゆるやか」なのか定かではないが、毎日規則的に遊ぶといった性質のゲームでもなさそうなので、ここは遊んでいるうちにと捉えた。ボタンを押すと中の水が撹拌される。それにつれて輪っかやらボールやらがゆらゆらと動く。最初触った時はひんやりとしていた水の容器部分も、夢中になって遊んでいる間に心なしか温くなっていたのであろう。「ゆるやかに」は、その時間の経過とともに、水中をゆらゆらと動く輪っかやボールの動きともあいまって、実に長閑で春らしい。私はその水のゆるやかさが水の腐敗ではない事を祈るのみである。



第515号 2017年3月5日
榮 猿丸 奪ひ愛、冬 10句 ≫読む
佐藤智子 けさらんぱさらん 10句 ≫読む

丑丸敬史 ふるさとに置き忘れたる春に寄す歌 10句 ≫読む

伴場とく子 束ね髪 10句 ≫読む

木田智美 ウォーターゲーム 10句 ≫読む

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