2017-11-26

【週俳10月の俳句を読む】コンソメの 菊田一平

【週俳10月の俳句を読む】
コンソメの

菊田一平


つまるところ俳句は「何が何して何とやら」なんだよと言われたことがある。「何が何して」を、全部文字に置き換えていたらとても十七文字では処理しきれない。表せないところをいかに処理していくかが「腕の見せどころ」だ。そのために、俳句には「切れ」と「省略」がある。さらには「二物衝撃のスパークリング」。芭蕉の偉大さは、元禄時代にして現代詩の発想のような「発句はとり合物也(あわせものなり)」といったすごさにある。二十数年前に、句会の二次会で飲みながら聞かされた、遺言のような先輩の言葉を思い出しながら、「週刊俳句10月」掲載分の四人の句を読ませていただいた。


くましでの実や雲を塗る建築家   牟礼 鯨

「雲を塗る建築家」が上手い。朝ドラ「ひよっこ」のイントロで題字の「ひよっこ」の文字に色をかさねていくCGのひと影があつたけれど、そんなことを思い出しながら、この措辞を読んだ。それにしてもどうして建築家ってみな絵が上手いんだろう。Iさんの絵は所属結社の表紙を毎号飾っていたし、Nさんは自宅に絵画教室を開いている。いまや本業が建築士なのか絵の先生なのかわからないほどだ。ホップのようにぼってりと重たい「くましでの実」との取り合わせがなかなかだ。

落鮎の瞳をほどけゆく星座  同

たぶんこの落鮎は牟礼さんが釣り上げたものなのだろう。格闘の果てに釣り上げた鮎が草の上でひと跳ねふた跳ねし、小さく呼吸をくり返しながらしずかになってゆく。星のように輝いていた瞳の光も、ついには細くなってしまった。「ほどけゆく星座」とした比喩も細やかな観察眼もとてもいい。


野分あと歩行者天国にこども  山岸由佳

「歩行者天国」といえば銀座。普段は頻繁に車の往来する銀座通りの真ん中を歩くのは、爽快でありながらもどこか気恥ずかしいところがある。台風一過の晴れわたった青空を背景にした「歩行者天国」。男も女も大人も子どももおおぜいのひとがいるはずなのに、山岸さんは、「歩行者天国にこども」と言いとめた。

キリコの絵の、町なかに人影だけを描いた一枚を見るように不思議な空間が現出した。

花野から戻り拡大鏡に瞳  同

花野から戻って何を見ようと拡大鏡をあてたのだろう。拡大鏡の向こうに現れた「瞳」がパワフルで面白い。


コンソメの匂いの残る良夜かな  上森敦代

定年退職して真っ先に始めたのが料理教室に通うことだった。学生時代から自炊生活をしていたから料理は嫌いではなかったけれど知識や工夫がなかった。「初めての料理」から始めて、半年コースをいくつか受講しながら一年半通った。つくづく感心したのは出汁の大切さと応用力。それはそれとして、上森さんの句。コンソメというとその対極としてポタージュが浮かぶけれど、コンソメは牛肉や鶏肉やその骨などからとったブイヨンに野菜を加えて調理した澄んだスープのこと。ポタージュはフランス料理のスープの総称で、コンソメとは対極のとろみのある濃いスープだ。50代までは断じてポタージュ派だったが、今はコンソメの軽さが捨てがたいと思うようになった。食事のあとの微かに漂うコンソメの匂い。きっと隠し味は軽く垂らした醤油に違いない。今夜あたりやってみようかなと思った。

襖絵の虎が水飲む十三夜  同

「襖絵の虎」で、「日本昔ばなし」の一休さんを思い出した。一休さんのとんちの評判を聞いた殿さまが一休さんに「そこにあるびょうぶのトラをしばりあげてくれぬか」というあれだ。ねじりはちまきをして腕まくりをした一休さんは「それでは、トラをびょうぶから追い出してください」と言って殿さまをぎゃふんと言わせる。一休さんの名声をさらに高めためでたしめでたしで終る話しなのだ。が、本当に虎は襖絵を抜け出したのだと上森さんの句を読んで思った。腰を抜かして動けなくなった一休さんを頭から飲み込み、蹲踞の水を喉を鳴らして美味そうに飲んでいる。まさに十三夜の魔力。想像力をかきたてるとてもシュールな一句だ。


十分にあなたらしくて唐辛子  藤井なお子

唐辛子の句といえば即座に浮かぶのが林翔さんの〈今日も干す昨日の色の唐辛子〉。この上手さには感心したけれど、先月前田弘さんの〈少しだけ擽ってやるとんがらし〉という句に出会ってその俳味に感心した。「唐辛子」は料理の香辛料としてだけではなく、俳人の作句脳をいい具合に刺激する素材だとあらためて感心した。藤井さんの「唐辛子」もなかなか。「あなた」と呼ぶお相手の個性を存分に理解した恋の句になっている。

和服の着かた豊年の歩き方  同

「豊年の歩き方」には驚いた。「雪道の歩き方」や「岩に貼りついている鮑の見分け方」なら講釈を並べることができるけれど「豊年の歩き方」には参った。是非、藤井さんに教えていただきたいと思った。



牟礼 鯨 柿木村 10句 ≫読む
山岸由佳 拡大鏡 10句 ≫読む
上森敦代 月夜 10句 ≫読む
藤井なお子 百分の一 10句 ≫読む

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