中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜
第32回 バーナード・ハーマン「サイコ組曲」
憲武●今年も終わろうとしていますねえ。
天気●ますねえ。
憲武●大晦日にはオーケストラが相応しいかと。
天気●はい。そうですよね。このところ毎年楽しみにしているのが、元日のNHKでやるウィーン・フィルのコンサート。あれ、時差のせいで、新春ということになってるけど、実際にはジルベスター(大晦日)コンサートなんですよね。
憲武●ということでバーナード・ハーマンの「サイコ組曲」です。
憲武●バーナード・ハーマンはアメリカの作曲家で、主に映画音楽を手がけた人です。オーソン・ウェルズの「市民ケーン」からマーティン・スコセッシの「タクシードライバー」まで幅広く手がけてます。とりわけアルフレッド・ヒッチコックとの関係で有名ですね。
天気●「市民ケーン」が1941年、「タクシードライバー」が1976年ですから、じつに35年間、第一線だったわけです。
憲武●この曲、フルストリングスのオーケストラですね。改めてこの映像を観て、意外な感じがしました。すべて弦楽器のみで演奏されてたことが。
天気●映画音楽の細部までは記憶にないですからね。
憲武●印象的な流れるようなストリングスが美しいです。
天気●はい。
憲武●「サイコ」は1960年の映画で、当時としては珍しく、途中入場禁止の映画だったんですね。今では当たり前の完全入替制の方式を取った。それほどヒッチコックが予備知識なしで観てほしい映画なんですね。
天気●むかしは映画の途中でバンバン入場してましたね。
憲武●退場もバンバンしてました。途中入場して観たところまで観て出るっていう。曲の後半で、高音を短くキュインキュインと演奏するところは、有名なシャワー室のシークエンスに使用されてます。
天気●「サイコ」といえば、あのシーン。
憲武●フランソワ・トリュフォーがインタビューしたヒッチコックの『映画術』(1981年/晶文社)によると、ジャネット・リーの拘束期間が3週間だったそうで、シャワー室のたった45秒のシークエンスのために一週間かけて撮影してます。なんと三分の一の時間をかけて撮影されてるんです。
天気●おお! 名シーンとして後世に残ることを確信していたかのような!
憲武●カメラのポジションも70回変えたと、ヒッチコックが誇らしげに語ってます。細部へのこだわりが名作を生むんですね。
天気●カメラマンはじめスタッフは大変だ。
憲武●そうです。照明から音声からすべて一緒に動きますからね。バーナード・ハーマンは、これだけ質の高い作品を仕上げていながら、作曲賞が一回だけとアカデミー賞には、あまり縁がなかったんです。ハーマンの芸術家としての志しとは裏腹に、世間では映画音楽はよくて当然という見方をしていた。本人にとってみればこれはツラいですよ。
天気●1941年に「悪魔の金」で受賞して、それっきりなんですね。ちなみに、前年受賞のアルフレッド・ニューマンは、ランディ・ニューマンの伯父さんです。
憲武●1975年の暮れに「タクシードライバー」の仕事でロスアンジェルスのスタジオに立ち寄った時、スピルバーグが表敬訪問に来て、バーナード・ハーマンの音楽を褒め称えたそうなんですが、これを聞いたハーマンは、「だったら君はどうしてジョン・ウィリアムズばかり使うんだ!」と怒鳴ったそうです。この言葉、ハーマンの心の中の様々な鬱憤ややるせなさや怒りが現れてると思います。
天気●そんなこと言うからじゃないですか(笑)。気難しい人だったのかな?
憲武●正直というか大人気ないというか。で、録音を終えたあと、ホテルの部屋で心臓発作で亡くなるんです。ひとりで。バーナード・ハーマンってねぇ。と、様々なことを思いつつ、よいお年を!
天気●ええぇ! そんな悲しく、やるせない話で終わる? よいお年を! 憲武さんもみなさんも。
(最終回まで、あと969夜)
(次回は西原天気の推薦曲)
2017-12-31
中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜 第32回 バーナード・ハーマン「サイコ組曲」
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