2018-01-21

【週俳12月の俳句を読む】十人十句 堺谷真人


【週俳12月の俳句を読む】
十人十句

堺谷真人


しぐるるや文字うすれたるみちしるべ 岸本由香

風雪に曝されて文字がかすれた道標。枯野の分かれ道。地図をひろげて思案していると、その上にぱらぱらと時雨の雨滴が落ちて来た。岐路に降る時雨によって本作は漂泊の思いを即物的に形象化することに成功している。人生の盛りを過ぎた人の抱く漠たる不安や迷いを暗示している、という境涯俳句的な読みもひょっとすると可能かもしれない。だが、何にせよ句柄が暗くないのが良い。時雨の通り過ぎた後の空はなおも十分に明るいのである。

スリッパの重ね連なる雪催 松井真吾

一読、底冷えが足先からじんじんと這いのぼって来るような感じがした。冬の集会所か体育館の玄関口でもあろうか。タイルを敷き詰めたピロティと、リノリューム張りの廊下の境界に段ボール箱があり、棒状に重ねられた緑色のスリッパが無造作に投げ込まれている。それだけでも十分に寒々とした光景なのに、空は暗く、今にも雪が降りだしそうなのだ。スリッパが寒さに体感的リアリティを与えている。


散髪の椅子の固さや冬紅葉 桐木知実

年季の入った散髪屋の椅子。座面は恐らく茶色の合成皮革張りである。経年劣化で柔軟性がなくなり、所々がひび割れている。座るとバリバリッと鳴る。硝子戸の金文字の店名、使い込んだ革砥、シャボンを泡立てるごついマグ。すべてが時代がかっている。冬紅葉は鏡に映り込んだ窓外の景色であろうか。湯治のついでにふと立ち寄った温泉町の散髪屋という風情がある。旅の匂いがする。

綿虫や町暮れてより塔暮るる 鈴木総史

京都や奈良のような盆地の大景として読んだ。山の端に沈みゆく太陽。夕闇はまず低い家並みに溜まりはじめるが、聳え立つ五重の塔は依然として落日を受けて輝いている。明暗のコントラスト、塔の下から上へと夕闇がひろがってゆく時間推移などが、この句に豊かな奥行きを与えている。微細な綿虫と高塔との対比は少しあざとい気もするが、黄金色の返照の中できらめくいのちの切実さを考えると、他の物に置き換えるのはやはり難しい。

ドックより鉄気(かなけ)のにほひ泡立草
 滝川直広

大手企業の巨大造船ドックではない。鄙びた港町の一角にある、漁船や小型輸送船を繋留するようなささやかなドックである。老朽船舶が潮風に吹かれ、船体や甲板の構造物には赤銹が生じている。深読みが許されるなら、泡立草の生えている空き地は、あるいは津波で流された町の跡ではないかとも思う。鉄気のにおいはどこかで血のにおいとも通ずる。実は多くの屈折を抱え込んだ句ではなかろうか。

朝はパン飛んでゐる白鳥を見る
 上田信治

白鳥の本意は水面に浮かんでいる姿。飛んでいる白鳥はそこから少しだけ逸脱した存在である。「朝はパン」とわざわざ断るのは、それが普段の習慣ではないから。旅先の朝食。パンと一緒に家では食べない炒り卵やカット・フルーツなどを取り皿に載せて、ふと目をやった先に羽搏く白鳥がいたのだ。羇旅の自分と飛翔する白鳥。つかのま非日常の時間を共有しているもの同士の感応、みたいなもの。

書く愉悦跳ねて鯨の仰向けに 福田若之

「書く愉悦」とは何だろう。作者はいきなり大きな謎を投げかける。海面に跳ね上がった鯨がどうっと仰向けに落下するとき、波は裂け、しぶきは高く舞う。それが作者にとっての「書く愉悦」のメタファーなのか。私はこの句から『荘子』逍遥遊篇劈頭に出て来る神話的巨大魚・鯤(こん)のことを連想した。「書く」という営為のもたらす「愉悦」がこれほどの規模感、重量感を伴うとは知らなかった。

左右から別の音楽クリスマス 村田篠

クリスマスの街を歩く。商店からは「ジングルベル」や「ホワイトクリスマス」が流れ、それらは混じりあって歳末の賑わいを盛り上げてゆく。「左右から」という措辞が効いている。街路に沿って歩く主観映像のライブ感があるからである。いや、実は左右のイヤホンから聞こえているのは山下達郎の「クリスマス・イブ」だったりするのだ。外界のクリスマスソングとは「別の音楽」が私を満たしているという事態。

コートごとぎゆつてしたいけどがまん 西原天気

抱擁を我慢している主体は年下の異性を前にした中年男性。ひらがな表記でまんまと子どもになりすましているに過ぎない。いや、待て。そんな読みは陳腐の極み、作者の仕掛けた巧妙な罠なのである。寧ろこれは親権を放棄した親と久しぶりに面会する子どもの心の声を代弁したシリアスな句として読むべきなのだ。複雑な人間関係の力学の中で、感情の素直な表出を抑圧しながらデリケートな性格に育ってゆく子ども。そんな彼らに捧げられた温かい応援歌。

剝製の多すぎる部屋冬ぬくし 岡田由季

博物館の剥製コーナー。防虫剤の香りが漂う。収蔵品が増えすぎて手狭になっているのだ。羽根の抜けた鳥や耳の欠けた獣。古い標本のあるものはすでに朽ちはじめている。保存のために室温は低く、足もとからしんしん冷えて来る。一転して館外に出ると、見事な冬晴れ。日向は上気するほど暖かい。水鳥のさざめき。明と暗。動と静。実と虚。生と死。あたかも冥界を一瞥して娑婆世界にもどって来た人の如き心持ちが「冬ぬくし」の一言に詰まっている。



岸本由香 勘忍 10句 ≫読む
松井真吾 フラメンコスタジオ 10句 ≫読む
桐木知実 控え室 10句 ≫読む
鈴木総史 町暮れて 10句 ≫読む
滝川直広 書体 15句 ≫読む
上田信治 朝はパン 10句 ≫読む
福田若之 パサージュの鯨 10句 ≫読む
村田 篠 握手 5句 ≫読む
西原天気 抱擁 5句 ≫読む
岡田由季 接吻 5句 ≫読む

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