【句集を読む】
夢の風船使い
ひらたよしこ句集『ひ・と・り・ご・と』の一句
小沢麻結
黒シャツの風船売がいて真昼 ひらたよしこ
季題は風船売。季節は春。風船売とは、広場や遊園地で出会えるのだろうか。今は多様な色や形の風船もあるだろうけれど、この句の場合、シンプルな雫型の風船を思いたい。赤、青、黄、桃、緑、白、橙…色彩の花束のように、膨らませた風船につけた紐を束ねて、小さなお客さんを待っているのだ。
時折のそよ風に風船が互いに当たっては、ぽよよんと揺らぎながら付いたり離れたりするさまも楽しい。陽光の中の、急がず慌てない時間がゆったりと流れている。売れても売れなくても構わないくらいのおおらかさで風船売が存在している。
この句、風船売を詠みながら、読み手にまず風船を想起させる。それは着衣のシャツの色を描写した手柄による。その色は黒。黒一色を描いたことにより黒以外の色を句の世界に呼び込むことに成功している。
自分は黒子に徹して影となり、風船のとりどりの色を際立たせているようだ。そういえば、黒い風船を私は知らない。いや、黒は全てを含む色だと考えると、これは風船売のプロ意識により選ばれた色かもしれない。まるで、魔法使いよろしく、お望みの風船を売りましょうと微笑む風船売に相応しいシャツカラーかもしれない。風船と一緒に選んだ色に託された夢を売るのだから。
黒を纏った風船売がいる彩り豊かな春昼の景が描かれている。光が降り注ぐ童話の世界に紛れ込んだかのような幸せな一景である。
本年2月、逝去された金子兜太氏を師に持つ作者の現在を私は知らない。だが、句集上梓を承諾した折の兜太氏の力強い声が聞こえるような気がする。夢は現実の喜びと実ってこその夢だ。実際には実らないことも多いが、だからこそ儚く消えて良いものか。ふとこの風船売に若き日の兜太氏の面差しを重ねてみる。
ひらたよしこ句集『ひ・と・り・ご・と』昭和56年/私家版
2018-05-27
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