2018-08-26

【週俳7月の俳句を読む】ことばの旋律  仮屋賢一

【週俳7月の俳句を読む】
ことばの旋律

仮屋賢一



睡蓮ににやんにやんとみづ湧くこゝろ  紆夜曲雪

「にやんにやん」という個性的なオノマトペは、水の湧くさまの表現として、十分に説得力を持っているように感じる。豊潤な湧き水、それは決して一定のものではないけれども、流動的で連続している。さほど粘着質でもなく、それでいてちょっと引っ掛かりのあるような「にやんにやん」は、確かに水を表現できている。

書かれた文字を認識するとき、まず記号として認識するのか、まず音として認識するのか、という二つに大きく分けることができるのだとしたら、自分は後者である。何より、頭の中で音読するようなことを意識してせずとも、まず音として自分の中で鳴っているのだから、こればかりはどうしようもない。

文字一つ一つの持つ音が鳴って聞こえ、それは実際に口に出したときの音とは似て非なるもの。昔の日本語の音声や発音に詳しいわけではないので、たとえば「づ」と「ず」の音声の違いなんて分からないし、どちらも口に出せば同じ発音になるけれども、頭の中では確かに違う音が鳴っている。どう違うかを聞かれても困る。

たとえば私が「なぜ歴史的仮名遣いで書くのか」と訊かれたら、大真面目に「その音が好きだから」と答えると思うが、それで納得していただきたい。

調子に乗って長々と書いたが、結局「俳句って音が大事だよね」という当然のことを言いたいだけのことである。「にやんにやん」も、その音が、そのリズムが、いい。

音を味わうとは言っても、ざっくりしているので、今回は、作品の持つ旋律を意識して鑑賞していきたい。

けものらに乳房ある繪圖柏餅  吉田竜宇

けものに乳房があること自体は不思議ではないのだが、絵図であればそれはわざわざ描いてある。特に、これは写生画のようなものではなく、イラストめいたものであったり、戯画のようなものであったりして、わざわざ乳房が描かれているのだという印象も強い。ほかでもない獣に乳房が描かれているという違和感が楽しい。少し毛の生えた柏の感触が、その違和感に生々しさを与えるよう。

この作品の旋律を語るとき、「乳房」と「繪圖」がキーになってくると思う。この二つの単語、どちらも語頭にアクセントがある。日本語は高低アクセントで話をするので、つまりは頭の音が高い、ということである。一方、日本語はたいてい語頭を強く発音することを思えば、語頭にアクセントがあることはすなわち、2種類のアクセントが一致しているようなものである。

アクセントをもとにフレーズが形成されると考えれば、「乳房ある」「繪圖」はそれぞれが一つのフレーズとして、相当強い迫力をもって畳みかけてくる。「乳房ある繪圖」とひとまとまりのフレーズとも捉えられるが、ここは、「繪圖」のアクセントを強調したフレージングの方が面白いだろう。「けものらに」とゆったり開始し、「乳房ある」「繪圖」と畳みかけ、最後に「柏餅」と歌いあげるという旋律線は、表現されている内容に対して非常に効果的である。

夢いまだ指にのこれる団扇かな  紆夜曲雪

この作品の旋律線も面白い。フレーズのまとまりは「夢」「いまだ」「指にのこれる」「団扇かな」だろう。もちろん、フレージングにはある程度自由度は残るので、「指に」「のこれる」と分割も可能であるが、私はこう読みたい。

私自身が関西人であるため念のため断っておくが、「指」のアクセントは二音目の“び”に置きたい。

各フレーズの最初の語「夢」「いまだ」「指」「団扇」はすべて、二音目にアクセントがある言葉で統一されていて、それが作品のリズムを作り出している。特に「夢いまだ」という上五のリズムは個性的で、「いまだ」に戸惑いや哀愁のようなものが感じられるのは、このリズムによるところも大きいだろう。

たとえば「団扇」の部分が、語頭にアクセントのある言葉――たとえば「扇子」――であれば、旋律上の裏切りが発生する。意味を無視しても、ここに意外性だとか、強意だとか、何かしらのニュアンスが生じてくるのである。「夢いまだ」の不安定なリズム、「指にのこれる」のゆったりとしたフレーズ、これらの印象を上書きするほどの強さは、最後のフレーズには不要だ。旋律の上でも、「団扇」という語の選択は最善なのだろうと思う。

旋律は意味を持たないが、意味にしっかりと寄り添っている。

鑑賞者として、フレージングを考えながら、その旋律をじっくり味わいたい。

夏草の草豊かなる秋田かな  西村麒麟

蚋を打ちさらに何かに怒りつ  同

八月の終電はみな広島へ  紀本直美

砂粒をはらひてはこべ摘みにけり  金山桜子


加藤知子 花はどこへ 10句 読む
紆夜曲雪 Snail's House 10句 読む
吉田竜宇 炎上譚 読む
西村麒麟 秋田 10句 読む
紀本直美 夕立が降るから 10句 読む  
金山桜子 藍を着て 10句 読む
秋月祐一 はつなつの 10句 読む

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