2019-02-03

俳句の自然 子規への遡行 64 橋本直

俳句の自然 子規への遡行 64

橋本 直
初出『若竹』2016年5月号 (一部改変がある)

前回まで句末の止めの分類を追ってきた。句末に関わる表現には違いないが、今回からは呼応関係の分類に移る。子規の分類は、例えば「ぞや係結違法」「の係けり結」「の係なりたり結」「の係し結」「の係かな結」「誰何係結違法」「ぞやかの係る結」というように、「係」「結」を呼応のキーワードとして続いていくが、その中に呼応の明瞭ではないものも並行して分類されている。これからその内容を詳細に検討をしていきたいと思うのであるが、その前に、まず現代の学校教育で学習する古典文法におけるいわゆる「係り結びの法則」について一度確認しておきたい。

係り結びの法則は、「ぞ」、「なむ」、「や」、「か」、「こそ」などの特定の係助詞が文中にあるとき、その係助詞を文中で受ける活用語(主に文末)が通常と活用を変える現象で、「ぞ、なむ、こそ」は強調、「や、か」が疑問・反語の働きをもち、「ぞ、なむ、や、か」は活用語が連体形で結ばれ、「こそ」が已然形で結ばれるというものである。これを前提に先ほどの子規の分類の文言を見ると、かなり異なっているのがわかるであろう。ひとまず、この点について確認するために、子規の読んだと思われる当時の文法書を、『子規全集』第十四巻に所収の彼の蔵書目録で確認することにした。すると、『てにをは教科書』(物集高見著。明治二十六年)、『日本大文典』(落合直文著。明治二十七―三十。全四巻)、『國文法詳解』(瓜生篤忠、瓜生喬著。明治三十二年)、『日本文法教科書(一、二、三、四、五)』の四冊があった。最後の『日本文法教科書』は書名と巻数から松平円次郎著『新定日本教科書』と推定されるが、この本は明治三十五年十一月の刊行なので、子規が読んでいたとするのはおかしいことになる。全集解題によれば、この蔵書目録は「現段階では十分整理されたものとは言えない。(中略)子規蔵書以外のものもかなり混入している(中略)可能な限りで正確を期した」ということであるので、全集編纂当時の整理をすり抜けたものと思われる。とはいえ、子規当時の文法の状況を知ることができる書であることには変わりないので、あわせて各書においてどのように係り結びが扱われているのかを一通り確認しておく。

現代の教育文法は、橋本進吉博士により体系化された、いわゆる「橋本文法」の影響が大きいとされ、子規の死後にまとめられたものである。したがって、今日我々が持つ文法の概念や用語の用法は、子規の頃とは必ずしも一致していない。先の各書のうち、『てにをは教科書』、『日本大文典』の係り結びの説明は、現代では呼応の副詞とされる「唯」を含め、古文において呼応関係を導く語を広汎におさえている。したがって、いわゆる係助詞のほかにも「は、も、の、が」などが含まれる。そして、現在の終止形、連体形、已然形にあたるものを一段、二段、三段として図示している。これは、江戸時代に本居宣長が「てにをは紐鏡」で示して以来の国学の体系化してきた文法を踏まえたものであるといえよう。『國文法詳解』は先の二書と同様に、呼応全般を係り結び(係結法)としてとらえているが、今日の係り結びの法則に当たるものを「特例係結法」とし、その他の呼応関係をつくるものを「尋常係結法」と呼んで大別している。言い換えれば、今日では「特例」のほうが一般化し、「尋常」のほうは消えてなくなっているわけである。そして『日本文法教科書』は、呼応を「叙述」「命令」「疑問」「感歎」「願望」などの意味ごとに分類してそれぞれ解説している。

このように、今日の「係り結び」と子規の時代における「係り結び(係結)」の意味・用法は大きく異なると言っていいだろう。従って、これらの書の用法と同様に、子規の使っている「係結」もまた、今日における「呼応」の意味を指していると考えるのが妥当であろう。また、冒頭にあげた「ぞや係結違法」などの子規の用語は、各文法書に出ている係り結びの説明を踏まえつつ、子規が独自に使っている表現であると思われる。

以上を踏まえた上で、改めて子規の分類を確認してゆこうと思う。まず「ぞや連結法(ル結ナシ)」から。ここでいう「ル」は、先の二段、すなわち活用の連体形にあたる。つまり、係助詞「ぞ」「や」がラ行の連体形では結ばれていないものを分類しているということになる。六句が分類されている。

  旅ぞよし田植と共に物くはん   雞冠
  夜の蘭香にかくれてや花白し   蕪村
  冬の梅きのふや散りぬ石の上   同
  時鳥鳴々飛ぶぞ閙はし      はせを
  お乳の人添寝ぞゆかし枕蚊帳   綾戸
  凍やしぬ人轉ひつる夜の音    鷺喬

二句目と六句目が完了の助動詞「ぬ」、それ以外はすべて形容詞が結びに当たるが、もし係り結びの法則になっていれば、連体形結びになって「ぬ」なら「ぬる」、形容詞なら「~(し)き」となるべきところ、すべて終止形であり、いわゆる「結びの流れ(消滅)」ということになる。ただ、江戸の俳人達は、日常語では中世以降終止形と連体形が同形化し、係り結びの法則が既に乱れた時代に、あえて句で結びを丁寧にやっているところがあるはずであり、平安時代の文法を基準としている現行の古語辞典レベルで単純に解釈することには問題が残ると言えよう。

(つづく)

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