2019-04-07

『合本俳句歳時記 第五版』を読む 三島ゆかり

『合本俳句歳時記 第五版』を読む

三島ゆかり


三月下旬に発売された角川書店編『合本俳句歳時記 第五版』をさっそく買いました。総じてすばらしいと感じます。以下気づいた点を述べます。

(1)初、仲、晩、三の表示

四版にはなかったものとして、目次に各季語の季節の中の時期が初、仲、晩、三で示されています。例えば春なら初春、仲春、晩春、三春であり、三春とは初、仲、晩にわたり春ならいつでもの意です。私は連句を巻くこともあるのですが、連句では同季が続くときは時期の順に付けるというルールがあります。第四版までは初、仲、晩、三の記載がなかったため、よい歳時記ながら連句用としては人にお薦めしにくいものだったのですが、第五版であれば大々的にお薦めできます。ちなみに新年は上旬、中旬、下旬で上中下という表示となっています。

なお、同じ『角川俳句歳時記 第五版』でも分冊の方の目次には載ってなく合本だけに載っていて、合本の方も目次だけに載っていて、個々の季語説明や索引には載っていないといういささか面白いことになっています。

(2)二十四節気略歴

巻末付録に二十四節気略歴という表があり、2019年から2038年までの正確な各日付が明記されています。ふつう二十四節気関連を歳時記で引くと、『立春』であれば二月四日ごろ、『雨水』であれば二月十九日ごろ、というふうに必ず「ごろ」が付きます。たぶん、<正確性を期する歳時記において「ごろ」とはなにごとだ>という問い合わせが少なからずあったのではないかと察します。しかしながら、二十四節気は新暦とは1日の誤差しかないので、これを載せるのだったら年に11日ずつずれる旧暦の月の日付を載せてくれた方がずっと面白いものになったと思います。(後述の補足参照)

(3)助数詞表

巻末付録に助数詞表というのがあって、俳句に使う語の数量呼称が表になっています。例えば「蝶」なら「一頭・一匹・一羽」のごとし。

(4)文語文法活用表

巻末付録の文語文法活用表が、動詞、形容詞、形容動詞、助動詞について、コンパクトに2ページで収まっています。

(5)間違えやすい旧仮名遣い

巻末付録の「間違えやすい旧仮名遣い」が五十音順で三段3ページに組まれています。「紫陽花(あじさい)」だったら「あぢさゐ」のごとし。

(6)豪華二色刷

扉が豪華二色刷です。四版もそうでしたが、なぜそこにお金をかけるのか謎めいています。うふふ。


(2)~(5)あたりは歳時記の範囲を超えて便利帳の世界に踏み出しているので、全体に、そこまでやるんだったら切れ字概説くらい付けて欲しい気もします。でも(2)~(5)は俳句そのものを語るわけではないので記載でき、切れ字概説となると、俳句そのものに関わり流派によって見解の相違があるから載せられないということなのかもしれません。

【補足】

(2)に関連してちょっと補足します。

暦とは太陽の運行に基づくものと月の運行に基づくものがあります。二十四節気は前者で、旧暦はほぼ後者です。

(a) 二十四節気について

二十四節気は、太陽の軌道上の位置を24等分して、そこをいつ太陽が通過するかの日付です。これは新暦よりも太陽に忠実です。なぜなら新暦は4年に一度2/29を追加して誤差を補正しているからです。この新暦のほうの誤差のせいで、『立春』であれば二月四日ごろ、『雨水』であれば二月十九日ごろ、という表記をとらざるを得ません。とはいえ、二十四節気も新暦も太陽の運行に基づくものなので、「ごろ」にはたかだか一日の幅しかありません。『立春』であればたいていは二月四日で、4年に一度、閏年の翌年は二月三日となります。

(b) 旧暦について

旧暦は、天空の月の満ち欠けの1サイクルをもとにしています。ただし月の運行の12サイクルは354日ほどで、太陽の運行の1サイクルの365日ほどとはずれがあります。季節感は主として太陽の運行のサイクルに依存するので、月の運行をもとにするだけの暦では、年に11日ずつずれて月が季節感をあらわさないものとなってしまいます。一方、人々は月を見て「今日は三日月だから三日だ」と日付を知るのだから、月のかたちが変わってしまうような補正はあり得ません。そこで人類は、ずれがある段階まで大きくなったら月の満ち欠けの1サイクルを丸ごと追加する閏月という方法を編み出しました。太陽の運行の19サイクルが月の運行の235サイクルにほぼ一致するのですが、太陽の19サイクルのうちに7回ほど閏月は追加されます。(235=12✕19+7)

旧暦はこのようなものなので、歳時記で睦月とか如月とかを見ても「旧暦一月の異称」とか「旧暦二月の異称」とかあるばかりで、二十四節気のように何月何日「ごろ」とさえ書いてありません。では睦月とか如月とかは、実際にはいつなのか。それらの月の名前に季語としての力はあるのか。歳時記としてほんとうに表にすべきなのは、二十四節気ではなく旧暦の方なのではないのか。

そういう興味で見て行くと、日本が新暦を採用する前に使用していた天保暦には、想定していなかった不備があり、研究者のあいだで「旧暦2033年問題」と呼ばれているものに突き当たります。驚くべき事態です。大ざっぱにいうと、2033年は閏11月を挿入すればいいのか、閏7月を挿入すればいいのか翌年に閏1月を挿入すればいいのか、天保暦のルールでは決められないという問題です。そして現在の日本は新暦を使用しているので、旧暦について意思決定する公的機関はないとのことです。

そんな大問題はありますが、角川書店編『合本俳句歳時記 第五版』にインスパイアされて旧暦早見表を作成しました。ご興味があればご覧下さい。
http://yukari3434.web.fc2.com/kyureki.html

余談ながら、その天保暦を作った人物は、渋川景佑(かげすけ)。かの冲方丁『天地明察』のモデルとなった渋川春海の渋川家なのですが、ウィキペディアによれば、「春海の嫡男昔尹以来、当主の早世と養子縁組が相次いだために春海以来の学術は途絶え、名目のみの天文方の地位を代々引き継ぐだけの家となっていた。それを挽回するために高橋家からの養子を迎えた」とのことです。

それにしても、歳時記のことを書いていたはずなのに、旧暦2033年問題に行き着いてしまいました。俳句ってほんとうに面白いですね。


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