2019-06-09

【句集を読む】路上の鴉 天野伸子『馬の目』の一句 西原天気

【句集を読む】
路上の鴉
天野伸子馬の目』の一句

西原天気


不夜城と言はるる街の寒鴉  天野伸子

新宿。夜明けの路上には、今でも鴉が群がっているのだろうか。当時、というのは、もう40年程も前の話、新宿で夜を明かし、早朝の電車でねぐらに帰るという日々をずいぶんと過ごしていた。残念ながら仕事ではない。ビリヤード場やら雀荘やらその他。時間と情熱となけなしの能力の、これ以上の浪費はないという自堕落な暮らしが続いていて、そうした夜明けの路上には、帰る人、出かける人、酔いつぶれた人、ふらふらと足元のおぼつかない人、アタマから血を流しながら歩く人、そのどれかにあたる老若男女がまばらに生息し、それよりもずっと多い数の鴉がいた。

夜がない街には、じつはどこよりもたくさんの、またある意味濃密な夜があって、どの夜にも夜明けが訪れ、いろいろな人の終わりや始まりがある。不夜の夜が明けた明るさのなか、水泡のような明るさのなか、無為徒食の、絶望、というのではない、あらかじめ希望から遠ざかった暮らしの、奇妙な明るさのなかで見た路上の鴉。その姿が記憶の隅にきわめて鮮明に居座り続けていることに、この句を読んで気づいた。


天野伸子『馬の目』(2018年8月/朔出版)

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