【句集を読む】
水の被膜
辻内京子『遠い眺め』の二句
西原天気
ガソリンスタンド洗車の水に雪降り来 辻内京子
水は蒸発して空へとのぼり、雨や雪その他となって地に降る。それが蒸発して……。と、えらく迂遠なことを言いますが、そうした地球的循環は、また宇宙的でもあって、どこかの星から水分を持ち帰って、生命の起源を探るといったプロジェクトのことも聞いたことがあります。
一方、ガソリンスタンドでの洗車は、一時代前なら、マイカーは持っていても自宅周辺に洗車スペースはない。いわゆる中流(か中のすぐ下くらい)の日常生活の象徴的な風景。これからは日本がますます貧しくなってクルマを所有するのもたいへんかもしれないので、かつての平和な風景とも映ります。
天候と日常生活がある種の機微をもってクロスするのは、俳句ではめずらしくないのですが、なんだか、この、ボンネットだか舗装地面だかに被膜のように広がった水の上に雪が落ちる景を、何度も見たことがあるような気になるのは不思議です。洗車に熱心でもなく、雪の多い土地に暮らすのでもない私が。
水の一様相たる雪が水に触れるその瞬間を、ガソリンスタンドという文明のロケーションで目にする。句を通して目にする。個人の生活スタイルを超えて、ざっくり現代を暮らす生活者にとって馴染みのある景色、また同時に、あえて句にしてもらったことによって新鮮な景色となりました。
足跡の氷つてゐたる水際かな 同
この句もまた、水にまつわる句。材料は前掲句とは対照的に普遍的な事物を扱いながら、水と、水の別様態の併置という点では共通。
辻内京子『遠い眺め』2019年7月/ふらんす堂
※「辻」は、都合上、二点しんにょうを表示がしていますが、一点しんにょう。
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