【句集を読む】
根幹を見つめた沈黙の時間
鷲巣正徳句集『ダ・ヴィンチの翼』
小久保佳世子
鷲巣正徳さんは大学時代の友人舘山誠さんに連れられ、ふらっと「街」の句会に現れたと記憶しています。館山さんと鷲巣さんを繋ぐキーワードは、吉本隆明の『最後の親鸞』だったと伺ったことがあり、大学時代から定年間近まで続く男の友情の底流にあるという『最後の親鸞』とはどんなものかと当時読んでみたりもしました。その後、舘山さんは古文書研究に向かい俳句から遠ざかってしまいましたが、逆に鷲巣さんは精力的に俳句作りに邁進、様々な句会に参加されるようになったという印象があります。
俳句と出会い本当に楽しそうだった数年後のある日「難病と診断されてしまいました」というショートメールが届き、それからしばらくして「命あるかぎり俳句を作ってゆきます」という言葉が忘れられないメールを頂きました。
作者の個人的な情報を抜きに俳句そのものを鑑賞する態度が好きですが、句集『ダ・ヴィンチの翼』はどうしても作者の境涯に思いが行ってしまいました。と言っても境涯俳句の重さ暗さはなく、モノに語らせる鷲巣正徳俳句の知性、品性に胸を打たれる思いがありました。
鷲巣さんは、俳句の始まりのころから牛、犬、猫、鳥、昆虫など生き物をよく詠んでいて特に牛の俳句の数は目立ちます。
星月夜どしやと子牛の産まれたる
牛の擦る柱艶艶蔦紅葉
これらの句には、牛に親しんでいないと生まれない言葉の真実があります。
猫の尾の箪笥より垂れ秋うらら
柚子湯出てぞりと腓に猫の舌
ゑのころや電車見るのが好きな犬
猫や犬と暮らす日常の一コマが活写されていて、もしかして鷲巣さんは犬猫たちと同じ次元にいる幸福を知っている方なのでは、とも思うのです。
国債売る背広に汗の翅模様
事務引継ぎ自分の匂ひ消して冬
俗社会のなかで鷲巣さんのような純粋な方は生きづらかったかもしれない、と余計なことを思ってしまいました。それはかつて『最後の親鸞』(吉本隆明)に救われたと聞いたからかもしれません。
生きむとて気管切らるる秋の暮
繋がれてゐても銀河と交信す
もしここに白鳥来れば乗つて行く
凍蝶を我が身と思ふ月日かな
かなかなを聞きつつ行けば透明に
夕焼を掬つて妻の髪飾らむ
ダ・ヴィンチの翼で翔ける冬銀河
病によって不自由になってゆく全てを静かに受入れ、鷲巣さんの詩境はますます澄んで深い俳句となって結実していったようです。
『ダ・ヴィンチの翼』を読んで、「言語のほんとうの幹と根になるものは、沈黙なんだということです」という吉本隆明の言葉を思い出しました。枝葉ではなく根幹を見つめた沈黙の時間を鷲巣さんは知っていて、吉本のこの言葉の意味するところを深く理解されているに違いありません。
それは、お見舞いに伺った折の鷲巣さんの笑顔の透徹した美しさに触れて強く実感されたのでした。
鷲巣正徳句集『ダ・ヴィンチの翼』2019年7月/私家版
2019-09-08
【句集を読む】根幹を見つめた沈黙の時間 鷲巣正徳句集『ダ・ヴィンチの翼』 小久保佳世子
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1 comments:
ありがとうございます。
小久保さんに感謝です。
認識と創造の勇者であろう!
私の密かな鷲巣論の結びです。(舘山誠)
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