【週俳9月の俳句を読む】
風
原知子
迸る滝にヒト科をかがやかす 五十嵐秀彦
滝の激しさに共鳴してかがやいているのか。「肉体」や「こころ」ではなくて、「ヒト科」がかがやく。分類項目である「ヒト科」という言葉からは、直立二足歩行とか、道具や言葉を使うといった、他の動物にない特徴や能力のことを思い浮かべる。同時に、野生を失った動物の繊細さのようなものも。かがやいて、さらに進化するのか。
アルゼンチン・タンゴ窓辺に置く桔梗 五十嵐秀彦
「桔梗」が意外で、でもよく合っている。
控えめで和の印象の桔梗。花びらのはっきりとした形や濃い紫色は、長い脚を大胆に見せて踊るアルゼンチン・タンゴと実は似ていたのか。
物静かだが内面はたいへん情熱的なお嬢さんが窓辺にいるようだ。
窓といふ窓開いてゐる昼寝覚 若林哲哉
小さいころ、昼寝から覚めたら家はシンとしていて誰もいない。母が買い物から戻るまでずっと泣いていたことを思い出した。
寝起きのまだはっきりしない頭で、「窓といふ窓開いてゐる」のを見たら、知らないうちに世界が変わってしまったような不思議な気持ちになるかもしれない。昼寝覚の、まだ夢と現実のあわいにいるようないっときが、うまく描かれているように思う。
父の髪母より長しねぢれ花 若林哲哉
お父さんがかなり長髪なのか、お母さんがベリーショートなのか。標準的な「父母」から、すこしはみ出ているご夫婦なのかもしれない。「ねぢれ花」のすこしずつズレながら上へのぼっていくような姿も、わかりやすい「花」の形とちょっと違っている。
でも、どちらもそれが自分たちには自然なスタイルなのだろう。みんなで秋の野の風に吹かれているような。
やさしくて指をしたたるレモン汁 クズウジュンイチ
やさしくされたら、うれしいけど、同時にちょっとつらかったり、くやしかったりすることもある。やさしくする時も、どこか申し訳ないような気持ちがしたり。
爽やかだけど酸っぱくて苦みもあるレモン。レモン汁にまみれた指先が、やさしさのやり取りのなかの、やさしいだけではないちがう気分を直感的に感じ取っているようだ。
鵙鳴いて襟が合成皮革かな クズウジュンイチ
この「合成皮革かな」には、どういう気分が含まれているのだろう。やっぱりちょっと自虐的なのだろうか。
小さいけど、図太く我が道を行く、というイメージのある鵙。「合成皮革」だけど何か?と開き直っているように読みたいと思う。
旧友のこと思ふなり鳥威 鈴木健司
「鳥威」という言葉に、暗さや不安を感じる。「時代」とか「世の中」の暗さや不安。
作者が、「旧友のことを思っている」ことは、「今を憂いている」ことと繋がっているのではないか。重みのある句。
三角を繋ぎて秋の野に至る 鈴木健司
晴明神社の五芒星のような神秘的なこの「三角」。無数の透きとおった三角をたどっていくと秋の野が広がっていた。サラッとした風が吹いている。この三角が実は秋風の正体かもしれない。虫の声も、草花の種もどこか三角を帯びている。いろいろと想像がひろがってしまう。
■クズウジュンイチ 杉 檜 10句 ≫読む
■鈴木健司 蓑虫の不在 10句 ≫読む
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