第二回 全国学生俳句合宿レポート
若林哲哉・森舞華・竹村美乃里・中矢温
【はじめに】(文責:若林)
去る9月28日・29日、滋賀県彦根市にて、第2回全国学生俳句合宿が開催された。この合宿は、一昨年茨城県つくば市で行われた第1回を引き継いだものである。両日の講師に関悦史氏、2日目の講師に対中いずみ氏を招聘し、全国からのべ27名の参加者が集まった。なお、幹事は、関西学生俳句会「ふらここ」の竹村美乃里、東大俳句会の中矢温、岡山大学俳句研究会の森舞華、金沢大学俳句会の若林哲哉が務めた。
【集合~第一句会】(文責:若林)
集合場所は、彦根駅前。一人か二人くらい遅れてくる人が居るだろうと思って時間を早めに設定しておいたが、誰も遅刻しなかったため予定が狂い(?)、句会場の使用開始までかなり時間が出来てしまったため、そのまま駅前で自己紹介をすることとなった。
その後、駅から程近い句会場へ移動し、第一句会が始まった。
第一句会は、当季雑詠5句出し(事前投句)である。参加者は関氏を含めて28名、まだ顔と名前の一致しない人たちも居る中で、ゆったりと始まった。初めは皆、探り探り評をしている空気だったが、撰を入れた人はもちろん、入れていない人も意見を述べ、そのうち、司会が仕事をしなくても勝手に進行してゆきそうに思われた。一席は、
洗はれて皿さはがしき残暑かな 材木朱夏(広島大学)
二席に大きく差を付け、堂々の一席であった。撰評では、「〈皿〉に対して〈さはがしき〉という形容詞が新鮮」、「たくさんの〈皿〉ががちゃがちゃと音を立てるイメージと、〈残暑〉の鬱陶しさが良く響き合っている」、一方で、「〈て〉という接続助詞によって生まれる時間経過が却って違和感を生む」、「上五の受動態は実は生きていないのではないか」など、非常に充実した意見交換が為された。作者の材木さんには、第二句会の兼題の決定権を進呈。句会終了後は徒歩でホテルまで移動し、夕食までの一時間余りを、吟行したり、部屋で寝たり、ラグビーワールドカップの日本対アイルランド戦をテレビで観戦したりと思い思いに過ごした。
【第二句会】(文責:森)
夕食には地元の野菜や魚が並び、心ゆくまで食事や会話を楽しんだ。
夕食後、部屋を移動して第二句会が始まった。シャワーを済ませている人も多く、Tシャツや浴衣などラフな格好での句会となった。題は、第一句会で一席となった材木さんより季題「案山子」、関先生より字題「温」を出していただき、各題一句で計二句出しの持ち寄り句会となった。関先生曰く、字題は幹事の一人である中矢さんの名から取ったという。投句数が少ないため、三人ほどで一枚の清記用紙を担当する形になり、肩を寄せ合いながら清記や投句を行った。
一席は
水の秋皿は温サラダの重さ もちか(お茶の水女子大学)
手に感じる皿の重さ、その上にのっている野菜の重さを瑞々しく表現している句で、その感覚に多くの人が共感した。”さ”の音の繰り返しも印象的だった。口に出してこの句の韻律を確認している人も多かった。
二席となった
宇宙人襲来案山子焼け残る 君嶋浩(早大俳句研究会)
の句には関先生も撰を入れていた。宇宙人が来て人類が襲われたとしても、案山子だけは静かに残っている。そんな景を想像するとすこし背筋がぞくっとする。何となく、秋の閑散とした里山の様子が思い起こされた。漢字が連なっている表記も不穏な空気感を伝えてくる。
夕食後ということもあり、緊張も解れた中での句会となった。解散後は、各々部屋で合宿の夜を楽しんでいたようだ。
【第三句会①】(文責:竹村)
二日目はよく晴れた彦根で吟行句会。めいめい琵琶湖や彦根城を訪れたのち、句会場へ移動。関先生・対中先生の二グループに分かれ句会を行った。
対中先生のグループでは、以下の二句が一席となった。
秋のヨット駝鳥の如くふくらめる 対中いずみ流木を剥がせば秋の砂軽し もちか(お茶の水女子大学)
〈秋のヨット〉は琵琶湖で見たあまたのヨットを思わせる一句。ヨットの帆が風に吹かれるようすを、だちょうの首から体にかけてのフォルムとして捉えた斬新な比喩に注目が集まった。ヨットは夏の季語だが、秋の湖の穏やかさを思わせる。
〈流木を〉は、ダイナミックな書きぶりと繊細な感覚の発見を併せ持つ句。「剥がせば」という語は流木を拾い上げる行為を捉えにくいのではないか、のように、あらわしたい内容に対する表現の適切さを問う議論があった。
【第三句会②・第四句会】(文責:中矢)
琵琶湖や彦根城、商店街などを午前中各自自由に吟行をした。私は初めて落鮎を見ることができ嬉しかった。琵琶湖は砂浜もあり、写真に撮るとほとんど海のように見えた。
関先生と12人の参加者で第三句会は始まった。
一席は
水うまき国に吊され柿あかし 平野皓太(早大俳句研究会)
軒先に吊るしたばかりのまだ赤い柿がある。水の名産の場所で育った柿はさぞ美味かろう。「吊し柿」という季語を分解してよいのかという意見も出た。
二席は
飛行機雲脊髄ひややかに無音 茜﨑楓歌(立教俳句会)
飛行機雲を見上げて伸びる背骨とその中の髄液。無音なのは脊髄であるが、近づけば轟音の飛行機も飛行機雲となれば無音である。
1日目の夜の第2句会で関先生が上五に「淡海」の入った句を出句された以降、淡海を多くの参加者が好んで使った第3句会であった。さてそんな淡海だが、印象的だったのは
生の時間秋の淡海まで来たり 関悦史
「淡海というと芭蕉の〈行く春を近江の人と惜しみける〉や森澄雄の〈秋の淡海かすみ誰にも便りせず〉などが思い浮かぶように、様々な人の「生の時間」が交錯した場所としての淡海(水が落ち合う場所でもあるし)に、また自分も訪れたんだ、ということを、戦後俳句の重たい文体で書いた句だ。(柳元佑太・早稲田俳句研究会)」同じ句を読んでいても蓄積の豊かさによって句の旨みにたどり着けないことの悔しさのようなものを個人的に感じた一句でもあった。
さて時間にかなり無理のある中、席題「敗荷」で1句出しの第四句会を行った。思ってもみない言葉で作ることができた。
関先生からは「短い短歌」にならないようどこかに緊張を持たせることなどご指南頂いた。参加者同士の評でも逆選の弁をしたこともあり、多くの学びがあった。
【終わりに】(文責:中矢)
この度は30名近い学生の皆さまにご参加頂きました。また、両先生方は残暑厳しい折に多くの御指南を頂き、誠に感謝しております。第3回は関東圏で開催予定です。(特に関東圏の学生の皆さまは参加者だけでなく主催者側としての関わりもご検討ください…笑)
皆さまありがとうございました。
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