2020-03-08

【週俳1月2月の俳句を読む】豊かな倍音 井上雪子

【週俳1月2月の俳句を読む】
豊かな倍音

井上雪子



猪鍋をつつくポールとオノヨーコ 山本真也

肉食系と思えるのは、確かにこのふたり、猪鍋さぞやのキャスティングです。

ビートルズと冬の季語を結ぶ弦いろいろ、チューニングして歌ったり、見えない音を見送ってニヤニヤしたり。


十二月八日のドアノブを回す  同

だけど、だから、この一句の前で立ち往生しました。

そこから歩き出さなくちゃって、それは分かってる。ただ、けっこうと痛いのですよ、いまでも。

それでも、それだから。ドアノブは、回す。


笑つても笑つても冬プラタナス  細村星一郎

どこかに隠れていそうな小鳥を探してみても、プラタナスには可愛らしい実が騒いでるばかり。

なのに小鳥はいるって、そう思えるこのままがいいのです。


賞状をかさねて破く金目鯛  同

せっかくの賞状を破るのではなく、破く。

金目鯛どん、説明文は退場してしまいます。

この大胆な可笑しさ、清しさ。

語感は鋭く、意味をかわす柔軟さ(もしくは度胸)は、もち麦みたいです。楽しくて、すごい。


真赤なる石積み上ぐる久女の忌  同

唐突に久女さん、そして真赤なる石。

たとえば真っ赤に焼けた石、と想えば、ネイティブアメリカンに伝えられる浄化と再生の小さな秘儀(スウェットロッジ)へ、想いはジャンプを始めます。

もとより、まっさらな魂が言葉たちに宿ったものが詩歌なんだし、そうだ久女さんの俳句だ……と、跳んで弾んで、思いがけない場所に来てしまう。

「久女の忌」が放つ新しい響き、熱いです。


首筋の終はりセーター卵色  田口茉於

やわらかな曲線、温かな色。ふんわりセーターのなかまで潜り込みたい、幸せな視線です。肩ではなく、背なかでもない、そこのところ。

それしか言わないって、たくさん考えた後の勇気のように優しい。言ったら終わりって、そういうのも、あるし。


鶯餅谷保駅降りてすぐ右の  同

「谷保駅降りてすぐ右の」、電話口で聞いた声。遠い春、少し悲しかった頃のこと。

やわらかに真直ぐに来て、私の耳の深くへと刺さった、そのままに描くことの力です。

季語の滲み、微かな切れ、豊かな倍音の透明。


鷹鳩と化して南を向いてゐる  同

なんでしょう、これは。七十二候のなかの春の頃とは分かったのですけれど。

眼差しの明るさに日向の席を譲られ、分からなさに向き合うことの深い意味をゆるゆる解きましょう。

俳句という思索、立ち止まるということの大切さを思います。


立春の両手でふれる窓ガラス  前田凪子

新都心というところ、埼玉県にあるって知りませんでした。すこし歩くと龍さえ見えるのかしらん。急ぎ足の季節を友達呼ばわりして、開く楽しみ、映すかなしみ。

ブラウザーとかクラウド、見えない世界を繋いだり閉じたり、働く日々の屈託、その深さがほんと等身大。

アスパラガス並べちゃんとした人になる  同

とても好きな人がいます、こんな世界でそんな優しいまま生きていく。

なので、私も決めました。アスパラガスの束、ていねいに美しく並べ、元気にいこうって伝えます。

よしっ。


山本真也 マジカル・ミステリー・ジャパン・ツアー 10句
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細村星一郎 もしかして 10句 ≫読む
第669号 2019年2月16日
田口茉於 横顔の耳 10句 ≫読む
第670号 2019年2月23日
前田凪子 新都心 10句 ≫読む 

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