2020-08-09

【週俳7月の俳句を読む】涼しさに 小林すみれ

【週俳7月の俳句を読む】
涼しさに

小林すみれ


返球は転がしてやる朝曇  村上瑛

返球の相手は小さな子どもなのだろう。ただ返すより、確実に相手が取りやすいように心遣る。そんなさりげない行為も眩しく、なんだか懐かしい。今日も暑くなりそうだ。

似顔絵の眉くっきりと更衣  村上瑛

瞳よりも眉をくっきりと描く方が顔がはっきりとしてくる。今年はいつもとは違う夏、そして学校もいつもとは様子が違う。そんな中、誰もが今できることに力を注いでいる。思惟的な眉が何かを決意したようにも見える。

湯にレンジに夕餉任せる油蟬  村上瑛

ひとりの簡単な夕食。たぶん、何でも電子レンジで出来る。一人暮らしでも何も困ることのない便利な生活。今年は夏が遅れてやってきたが、すでに猛暑が始まっている。蝉も命をふりしぼって鳴いている。今日も汗だくになってしまったが、とりあえずはお腹を満たすことにしよう。

水打つにつけても長き腕かな  太田うさぎ

打水をしているのは若い人だろう。最近の若者は身体全体のバランスもよく、手足も長い。腕が長い分、遠くまで水も撒けそうだ。水を使う夏は心が躍り、身のうちまで涼しくなってくる。

寝室や冷房が効き絵傾き  太田うさぎ

眠る正面に絵画が掛けられている部屋。エアコンも効いて心地良い寝室で、ふと絵が傾いていることに気がついた。エアコンの風が当たってしまったのか、窓を開けた時の風のせいなのか、あるいは掃除中にぶつかって傾いてしまったのか。気になったら眠れない。たぶん、あるべき位置に戻してから就寝されたと思う。

鰻屋の仲居が妙に打ち解けて  太田うさぎ

今年の土用の丑の日はいつもとは違っていた。コロナ禍で、最近の飲食店はいつもより人もまばらだ。人との距離をとるということで店側も工夫しているからかもしれない。普段もきっと明るい仲居さんだと察せられるが、それでも心沈む日もあったことと思う。そんな中で、鰻を食べに来店してくれる人たちはとても大切で、素直に嬉しい存在であるのだ。マスクをしていても、つい多弁になるのは無理のないことだと思う。これからも持ち前の明るさで、きっと乗り切っていくことだろう。

裸子の背にすんなりと手のとどく  橋本直

ステイホームが叫ばれた晩春から初夏にかけて、多くの人の仕事はリモートワークが主流となったのではないか。その渦中で、普段は仕事に出掛けていて気付かなかった子どもの成長のあれこれを、改めて確認した親は多いと思う。最初はばたばたとして不安もあったが、慣れてくると家族との配分もうまくいき、だんだんと余裕ができて来る。この災難は二度とあってはならないけれど、裸子に手の届くささやかながら温かな時間は、決して無駄ではないはずだ。

エクストリームアイロニングののち午睡  橋本直

そのままの意味だと〈過激なアイロン掛け〉となる。聞き慣れない言葉なので調べてみた。なんとそのままに、極限の自然環境下でアイロンを稼働させるスポーツだった!プレーヤーはアイロニストと呼ばれている。作者はアイロニストなのだろうか、それともこの過激なスポーツに憧れを抱いている一人なのだろうか。それにしてもこの果敢な冒険の後なら、午睡とはいえ、さぞかし深い眠りに落ちることだろう。

梅雨明けをしばらく耳の痒くなる  橋本直

感覚的なものなのか、毎年梅雨明けのころ耳が痒くなるのだろう。例年、梅雨が明けると猛暑がやって来る。実際には耳にも汗が滴り、そこに塩分が溜って痒くなることもあるかと思う。今年もこれから先厳しい暑さが続き、さらにはマスクも装着しなければならず、いつもの年よりも痒みが増してくるのではないか。


村上瑛 森に 10句 ≫読む
691号 2020年7月19日
太田うさぎ 息災 10句 ≫読む
橋本 直 不自然 10句 ≫読む

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