【句集を読む】
暮色
照屋眞理子『猫も天使も』の一句
西原天気
かなかなや暮れてみづがね色のこゑ 照屋眞理子
声には色がある。音が色として見えたモーツァルトの例を持ち出さなくとも、五官はそれぞれ独立して働くばかりではないから、ここに奇妙や不思議を感じることはない。
水銀でもなく、Hgでもなく、マーキュリーでもなく、メルクリウスでもなく、quicksilverでもなく「みづがね」と呼ばれたその色は、他の語を排して「みづがね色」であると同時に(ほかでもなく、みづがね色)、読者それぞれの重層の上なる「みづがね色」(ことばもヴィジョンも音も、かならず重層的だ。あなたが1秒前に生まれたまっさらな感覚器でないかぎりは)。
生きているかのような金属、天体、神話といった重層の上に/と同時に、「みづがね」という古色を帯びてなめらかな感触をもつ語でしかあらわせない声を、作者は聞いた。
「や」で切れるから、この声は「かなかな」の声ではないとの解したのちも、かなかなの鳴き声は伴奏のようにきらきらと鳴っている。おまけに、かなかなはヒグラシ。「暮れて」と重なり、句の後半部分の音や響きへと連続する。声の主はさだかではなく、さだめる必要もない。
誰かの声も、かなかなという声も、すべてが「みづがね色」だったのだろう。
今年は、9月が深まってからも蟬の声がなかなかやまなかった気がします。
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照屋眞理子さんは2019年7月15日逝去。『猫も天使も』が遺句集となった。
照屋眞理子句集『猫も天使も』2020年7月/角川文化振興財団
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