【句集を読む】
海の明るさ
石井清吾『水運ぶ船』
小林苑を
今がわが家族の旬か祭笛 石井清吾(以下同)
清吾さんとはいちど吟行をご一緒した。穏やかな笑みと長身が印象に残った。所属する「青垣」代表の大島雄作氏による序には、石井清吾が俳句に出会ってからのことが詳しく書かれている。「退職して自由の身だった」「平明さを求めている『青垣』で句を磨いてきた」、そして俳壇賞を受賞。なにより清吾句の魅力は「日向性」にあると。
そうなのだ。句集から受けるイメージは海の明るさ。長崎育ち、明石暮らしの所以だろうか。辛いはずの事柄さえもどこかおおどかなのだ。それは覚悟なのかもしれず、なんだか羨ましくもある。
掲句、「旬か」の「か」に滲むのは人生。祭笛は郷愁のアイテムであり、であれば作者を知らなくともさまざまな経験をして「今」があるはずと伝わる。難しいことはなにも言わず、サラッと「旬」なんてことを言う。祭笛が明るいのに哀しくも聞こえて、穏やかな「今」が沁みる。
パエリアを炊く大なべや南風吹く
どうってことない句だけれど大好きな句。あ音の繰り返しによる明るさ、パエリアからなんとなく連想されて、南風吹くで海からの風が鼻先にまで吹いて。美味しそう。なんて気持ちのよい日なんだ。
清吾句はどこか初々しい。それが働き詰めの人生の中に見え隠れしてこちらも嬉しくなるのです。
切抜きし書評古りたり百舌の贄
桔梗や弓引く前に正座して
おくんちや笛聞けば撥おのづから
海峡の夏へルアーを飛ばしけり
身長の少し縮んでお正月
風光る未決の箱をからつぽに
器具寄せて実験台の夜食かな
葉桜や真水ですすぐ試験管
新生児覗きに来たり祭髪
水族館へ水運ぶ船夏はじめ
石井清吾『水運ぶ船』2020年12月/本阿弥書店
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